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【映画レビュー】「隣人X 疑惑の彼女」(2023 日本) [映画]

【映画レビュー】「隣人X 疑惑の彼女」(2023 日本)
 「ガイジン(外人)」という言葉を広辞苑で調べてみた。
 「外国人、異人」「仲間以外の人、疎遠な人」という意味に加え、こうした記述があった。
 それは「敵視すべき人」。
 日本人は島国育ちであるがゆえ、太古の昔から、肌の色、話す言葉が異なる人に対する免疫がなく、知らず知らずのうちに排除してしまう。それはもはやDNAレベルと言い切っていいほどの民族意識だ。
 本作の1シーンで、日本語がたどたどしい店員に対し、客の男性サラリーマンは「ガイジン、使えねぇなぁ」と吐き捨てる場面がある。そのシーン自体を問題視するつもりはない。そのシーンを「よくある光景」として、自然に受け入れてしまっている鑑賞者側に問題があると感じるのだ。恥ずかしながら、筆者もその1人だ。
 本作は、第14回小説現代長編新人賞を受賞したパリュスあや子氏の小説「隣人X」を、上野樹里と林遣都の共演で映画化した異色のミステリーロマンスだ。
 故郷を追われた惑星難民「X」が、地球に救いを求め、人間の姿に擬態し、日常に紛れ込んだ宇宙人を巡って、人々がお互いに疑心暗鬼を生み、恐怖や不安を抱きながら過ごすことになる。
 そして、マスコミはその恐怖を煽り立てる報道によって、日本人は集団ヒステリーにような状況に陥っていく。
 惑星難民の受け入れをいち早く表明した米国に追従する形で、日本にも「X」が暮らすようになる。
 週刊誌の契約記者である笹憲太郎(林遣都)は、スクープを出せずに契約切れの瀬戸際に追い込まれていた。
 そんな彼に、この上ないチャンスが訪れる。「X」の正体を暴き出すことだ。
 「週刊東都」の編集局には、調査会社による“X疑惑リスト”が持ち込まれる。笹が手にしたリストには2人の女性のプロフィールが記されていた。
 その2人は、36歳のフリーター・柏木良子(上野樹里)と、台湾人留学生のリン・イレン(ファン・ペイチャ)だ。
 良子は、宝くじ売り場の窓口、コンビニの店員を掛け持ちしながら、読書をこよなく愛する、至ってマイペースの女性だ。
 笹は、あの手この手で良子に近付き、食事に誘く事に成功。親交を深め、交際するまでになる。
 全てはスクープを取るための行動だったのだが、笹はいつしか良子を愛するようになってしまう。そこはかとない罪悪感を感じながらも、良子との仲を深め、遂に良子の実家を訪れることになる。
 その目的とは、良子の父・紀彦(酒向芳)の毛髪を入手し、DNA鑑定にかけた上で、「X」であることを証明するためだった。
 しかし、笹の記事は、本人の意思に反する形で巻頭を飾る。DNA鑑定もなされないまま、紀彦が「X」であると断定し、実家にも良子のアパートにもマスコミが殺到する。
 当然、笹は怒りの抗議をするが、雑誌は完売し、結果的にスクープを取ったとして、臨時ボーナスを手にする。老いた母を施設に預けながらも、その入居費の支払いにも困っていた笹は、それを受け入れる他の選択肢はなかった。笹は金のために恋人を“売った”のだ。
 “売れれば何でもアリ”という週刊誌報道の醜悪さ、それがSNSなどで拡散される集団心理の恐ろしさを露悪的に描かれている。
 ここでふと、現実に目を向けてみる。人手不足と出生率の低さに悩む現在の日本。遅かれ早かれ移民の受け入れは不可避となるはずだ。当然、賛否両論が生まれるだろう。そして、移民受け入れ反対派の決まり文句は「治安が悪くなる」といった類のものだ。冒頭で記した通り、これこそが島国根性というものなのだ。
 本作でも、なかなか日本語が上達しないリンが生きずらさを感じる描写も差し込まれている。ミュージシャンとして成功を夢見る青年・仁村拓真(野村周平)と恋仲になっても、それは変わらない。
 「週刊東都」によるエビデンスのない報道のせいで「X」とされてしまった紀彦は、事業に失敗し、慎ましやかに余生を過ごす物静かな男だ。一人娘である良子とも、あまり会話したこともない。
 そんな紀彦だが、殺到するマスコミを前に、戸籍謄本とパスポートを手に、堂々と否定してみせる。さらに、娘の良子にも、取材を自粛するよう懇願する。
 父のこのような姿を見たことがなかった良子は驚きつつも感謝する。そして、東京を離れることを決意するのだ。
 そして、「X」はいったいどこにいるのか、分からないまま物語は進むが、全く予想だにし得ない形で「X」の存在が明らかとなる。その正体とは…。
 惑星難民というSF的な設定は、単なるメタファーにすぎず、「X」の謎を解き明かす物語の中で、本当に描きたかったテーマは「差別や偏見を捨て、心の目で相手を見ることの大切さ」だ。それを明確にするため、本作はパリュスあや子氏の小説から、大幅な改変がなされている。サスペンス要素に、人間同士の信頼というテーマを乗せるという困難な作業に果敢に挑戦した監督兼脚本を務めた熊澤尚人の仕事人ぶりには感心させられるばかりだ。
 一見、荒唐無稽な設定でありながら、その“裏テーマ”として、内向きな日本人、そして閉鎖的な日本社会を痛烈に描いてみせた作品といえるのではないだろうか。
<評価>★★★★☆
<公式サイト>https://happinet-phantom.com/rinjinX/
<公式X>https://twitter.com/rinjin_x
<監督・脚本・編集>熊澤尚人
<製作>栗原忠慶、吉田尚剛、大熊一成、林錫輝、高見洋平、佐々木敦広
<企画・プロデュース>小笠原宏之
<プロデューサー>田中勇也、渡辺和昌、加賀絢子
<共同プロデューサー>布川均
<協力プロデューサー>鍋島壽夫
<音楽プロデューサー>横尾友美
<撮影>柳田裕男
<照明>宮尾康史
<録音>滝澤修
<美術>金勝浩一
<装飾>陣野公彦
<衣装>宮本まさ江
<ヘアメイクデザイン>倉田明美
<VFXスーパーバイザー>オダイッセイ
<音響効果>柴崎憲治
<音楽>成田旬
<助監督>高土浩二
<制作担当>綿貫仁
<原作>パリュスあや子「隣人X」(講談社) https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000342232
<主題歌>chilldspot「キラーワード」(PONY CANYON/RECA Records) https://www.ponycanyon.co.jp/music/PCSP000005471
#隣人X #疑惑の彼女 #映画隣人X #映画 #熊澤尚人 #パリュスあや子 #上野樹里 #林遣都 #ファン・ペイチャ #野村周平 #川瀬陽太 #嶋田久作 #酒向芳 #原日出子 #バカリズム #惑星難民 #ミステリー #ハピネットファントム

映画「隣人X ‐ 疑惑の彼女 ‐ 」オリジナルサウンドトラック

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  • 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
  • 発売日: 2023/12/01
  • メディア: MP3 ダウンロード






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【映画レビュー】「崖上のスパイ」(原題「懸崖之上」/英題「Cliff Walkers」/2021 中国) [映画]

【映画レビュー】「崖上のスパイ」(原題「懸崖之上」/英題「Cliff Walkers」/2021 中国)
 1934年、冬の満州。ソ連で特殊訓練を受けた、チャン・シエンチェン(チャン・イー)をリーダーとし、シャオラン(リウ・ハオツン)、チュー・リャン(チュー・ヤーウェン)、ワン・ユー(チン・ハイルー)の中国共産党のスパイ4人が、満州のハルビンへと潜入する。
 彼らに課せられた任務は、日本軍の秘密施設から脱走した同胞を国外へ脱出させ、その蛮行を世に広く知らしめる“ウートラ計画”を実行すること。4人は、チャンとシャオラン、そしてチャンの妻でもあるワン・ユーとチュー・リャンの二手に分かれて行動するが、しかし、その動きは仲間の裏切りによって特務警察に筒抜けとなってしまう。やがて特務の執拗な追跡の前に、リーダーのチャン・シエンチェンが捕まってしまい、窮地に陥る。
 ここから特務警察とスパイたちの逃亡劇と、チャンへの苛烈な拷問が始まる。
 中国映画界の巨匠チャン・イーモウが、1930年代の満州を舞台に描いたスパイサスペンスなのだが、日本の傀儡政権下のハルピン警察庁特務科と中国共産党のスパイとの対立のみにフォーカスされたストーリーであるため、日本人が1人も出で来ない上に、当時の日本の圧政に触れることもない。あくまで仮想のスパイ映画だ。
 終始、中国人同士の対立を描き、鉄道、自動車とあらゆる交通手段を使って、銃撃戦やカーアクションを盛り込みつつ、見応えのある頭脳戦・心理戦を展開する。そして最後に「革命に命を捧げた先人達に捧ぐ」をいうメッセージが込められる。
 しかしながら、歴史的に見ても、日本によって満州国が建国され、1937年から日中戦争が始まる直前の緊張状態下であるにも関わらず、日本人が全く出てこないのは、やはり不自然にも感じる。
「日本の傀儡政権」と「ソ連で訓練を受けたスパイ」の中国人同士の対決のみを描いているため、チャン達の目的であった「日本軍の悪事を暴く」というメインテーマも、薄まってしまった感がある。
 日本人と中国人では、この作品から受ける印象は異なるとは思うが、特務警察と中国共産党の対立構造が今ひとつ分かりにくく、日本人以上に、中国人がこのストーリーに満足したのか、疑問も残る。
 そもそも、「日本軍の悪事を暴く」ためだけに、ここまで命懸けの作戦を繰り広げる必要だったのかも、必然性に欠ける。
 実際に、当時の満州でこのような出来事があったのか不明だが、キャストの演技は切迫感が溢れ、アクションシーンも見事だっただけに、あくまで「かつての満州国を舞台にしたフィクションのスパイ映画」として見た方が良さそうだ。
<評価>★★★☆☆
<公式サイト>https://cliffwalkers-movie.com/
<監督>チャン・イーモウ
<脚本>チュアン・ヨンシェン、チャン・イーモウ
<公式Facebook>
<公式TikTok>
<撮影>チャオ・シャオティン
<音楽>チョ・ヨンウク
#崖上のスパイ #映画 #スパイ #チャン・イーモウ #チャン・イー #ユー・ホーフェイ #チン・ハイルー #リウ・ハオツン #チュー・ヤーウェン #リー・ナイウェン #ニー・ダーホン #ユー・アイレイ #フェイ・ファン #ライ・チァイン #シャー・イー #満州 #ハルビン #中国 #アルバトロス







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【映画レビュー】「サイド バイ サイド 隣にいる人」(2023 日本) [映画]

【映画レビュー】「サイド バイ サイド 隣にいる人」(2023 日本)
 公式HPに掲載されたあらすじによると…。
 目の前に存在しない“誰かの想い”が見える青年・未山(坂口健太郎)。その不思議な力で身体の不調に悩む人や、トラウマを抱えた人を癒やし、周囲と寄り添いながら、恋人で看護師の詩織(市川実日子)とその娘・美々(磯村アメリ)と静かに暮らしていた。
 そんな彼はある日、自らの隣に謎の男(浅香航大)が見え始める。これまで体感してきたものとは異質なその思いを辿り、東京に行きついた未山。ミュージシャンとして活躍していたその男は、未山に対して抱えていた特別な感情を明かし、更には元恋人・莉子(齋藤飛鳥)との間に起きた”ある事件”の顛末を語る。
 未山は彼を介し、その事件以来一度も会うことがなかった莉子と再会。自らが“置き去りにしてきた過去”と向き合うことになる…。やがて紐解かれていく、未山の秘密。彼は一体、どこから来た何者なのか…?
 …とある。しかしながら、意図的なのか分からないが、作中でキャラクター設定についての説明が一切なく、「これは一体、どういう物語なのか」が理解できないまま、ストーリーが進行していく。オカルト映画なのか、若者たちの群像劇なのか、中途半端なシナリオに、引っ掛かりを覚えながら、最後まで謎を残して、物語は終わる。
 坂口健太郎は、その表情のみで感情表現ができる俳優だが、そこに頼りっきりで、製作側は、作品を通じて何を伝え、何を見せたかったのがが全く見えなかった。
 本作は、原作者の伊藤ちひろが自らメガホンを取り、行定勲のプロデュースによって撮られた作品だが、それによって、原作に拘泥し過ぎるというデメリットが露わになってしまったともいえる。小説を映画化するにあたって、映像作品に見合うような適度な改変がなされるのは普通であるが、原作の世界観をそのまま持ち込んだことで、鑑賞者にとっては非常に不親切な作品となってしまった。
 原作者であり監督でもある伊藤ちひろは、本作の鑑賞者に「当然、原作も読んでるんでしょ?」とでも言いたげなほど、説明不足で、ラストシーンも違和感しか残らない。
 救いがあるとすれば、坂口健太郎や齋藤飛鳥、市川実日子、そして美々を演じた子役の磯村アメリの好演と、作品全般に渡る映像美には見どころはあった。
 しかしながら、130分という尺に見合わないほど、その内容は薄かったと言わざるを得ない。
<評価>★☆☆☆☆
<公式サイト>https://happinet-phantom.com/sidebyside/
<公式X>https://twitter.com/sidebyside_2023
<公式Instagram>https://www.instagram.com/sidebyside_2023/
<監督・原案・脚本>伊藤ちひろ
<企画・プロデュース>行定勲
<エグゼクティブプロデューサー>小西啓介、倉田奏補、古賀俊輔
<プロデューサー>小川真司、新野安行
<撮影>大内泰
<照明>神野宏賢
<録音>日下部雅也
<美術>福島奈央花
<装飾>遠藤善人
<衣装>高橋さやか、地紙芽
<ヘアメイクデザイン>倉田明美
<坂口健太郎担当ヘアメイク>廣瀬瑠美
<ヘアメイク>吉田冬樹、高品志帆
<編集>脇本一美
<音響効果>岡瀬晶彦
<音楽>小島裕規
<音楽プロデューサー>北原京子
<助監督>木ノ本豪
<VFXスーパーバイザー>進威志
<スクリプター>押田智子
<制作担当>大川哲史
<原作>伊藤ちひろ「サイド バイ サイド」(KADOKAWA)  https://www.kadokawa.co.jp/product/322212000552/
<主題歌>クボタカイ「隣」(ROOFTOP/WARNER MUSIC JAPAN) https://wmg.jp/kubotakai/discography/27609/
#サイドバイサイド #隣にいる人 #映画 #伊藤ちひろ #行定勲 #坂口健太郎 #齋藤飛鳥 #浅香航大 #市川実日子 #磯村アメリ #茅島成美 #不破万作 #津田寛治 #井口理 #ハピネットファントム

サイド バイ サイド 隣にいる人

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  • 出版社/メーカー:
  • 発売日: 2023/09/06
  • メディア: Prime Video






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【映画レビュー】「放課後アングラーライフ」(2023 日本) [映画]

【映画レビュー】「放課後アングラーライフ」(2023 日本)
 東京の高校でイジメに遭っていた追川めざし(十味)が、父の転勤で、関西の港町の女子高に転校する。自分の殻に閉じこもっていためざしだが、新しいクラスメイトは、めざしを歓迎し、特に白木須椎羅(まるぴ)は「めざし」という名前に運命を感じ、自身が会長を務める海釣り同好会「アングラー女子会」にめざしを強引に入会させる。イジメの過去のせいで、心を閉ざしていためざしだったが、「アングラー女子会」の明るいメンバーたちと過ごすうちに、釣りの楽しさや仲間と過ごすことの喜びを知り、心を開いていくという物語だ。
 当初、引っ込み思案だっためざし。須椎羅はめざしが前の学校でイジメられていたことをSNSで知る。その事実を知ったことをめざしに伝えた上で、仲間として受け入れる。イジメられていた記憶が時おり蘇り、フラッシュバックに苦しんでいためざしも、徐々に明るさを取り戻していく。
 井上かえるのライトノベルを原作に、城定秀夫が監督兼脚本を務め、映画化された作品だ。正直なところ、ストーリー自体に特筆すべき点はない。主要キャストも映画初出演のアイドルで固められ、拙い面もあるが、逆にそれが奏功し、溌剌とした自然な演技となっている。宇野祥平、西村知美、藤田朋子、中山忍といったベテランが脇を固めている点も重要なポイントだろう、
 「アルプススタンドのはしの方」(2020年)でも、純度の高い青春群像劇を製作した城定監督が、再び世に放った心温まる若者たちの物語。83分という短尺作品ではあったが、余分な描写も少なく、肩の力を抜いて楽しめる作品に仕上がっている。
 原作に忠実な上、映画化版ならではの見せ場も表現されており、城定監督の腕には改めて感心させられた。
<評価>★★★★☆
<公式サイト>https://anglerlife.jp/
<公式X>https://twitter.com/houkago_angura
<監督・脚本>城定秀夫
<製作>菊池剛、栗原忠慶
<企画>工藤大丈、金井隆治
<エグゼクティブスーパーバイザー>井上伸一郎
<プロデューサー>小林剛、宮内智史、久保和明
<撮影>渡邊雅紀
<照明>藤井隆二
<録音>松島匡
<音楽>林魏堂
<原作>井上かえる「女子高生の放課後アングラーライフ」(KADOKAWA) https://www.kadokawa.co.jp/product/322104000001/
<主題歌>#ババババンビ「ミカンセイ」(avex) https://big-up.style/musics/551065
#放課後アングラーライフ #放課後アングラ #映画 #城定秀夫 #井上かえる #十味 #2i2 #まるぴ #森ふた葉 #平井珠生 #宇野祥平 #西村知美 #藤田朋子 #中山忍 #カトウシンスケ #三遊亭遊子 #ババババンビ #アングラー #釣り #同好会 #マーメイドフィルム #KADOKAWA

女子高生の放課後アングラーライフ (角川スニーカー文庫)

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  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2021/10/01
  • メディア: Kindle版






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【映画レビュー】「阪神タイガース THE MOVIE 2023 栄光のARE」(2023 日本) [映画]

【映画レビュー】「阪神タイガース THE MOVIE 2023 栄光のARE」(2023 日本)
 本作は、2005年以来18年ぶりのリーグ優勝と、1985年以来38年ぶりの日本一を成し遂げた阪神タイガースの2023年シーズンの軌跡を辿ったドキュメンタリーだ。
 本編は冒頭、まさに阪神が優勝を決める瞬間、戎橋に集うファンの姿を上空から映した映像から始まる。
 2008年以来、15年ぶりに虎のユニフォームに袖を通した監督・岡田彰布はもちろん、主力として活躍した村上頌樹、近本光司、大山悠輔、岩崎優、大竹耕太郎、佐藤輝明、中野拓夢、森下翔太といったメンバーのインタビューを軸に、ペナントレースを制する上でキーとなった試合の映像も交えて構成されている
 監督就任会見で「優勝は“アレ”としか言わない」と宣言した岡田。そして第2次岡田タイガースの船出となる秋季キャンプでは、ナインの前で「“アレ”を目指す」と告げる。これは、岡田がナインに無用なプレッシャーを与えないように言い換えた言葉であり、そしてその言葉は、シーズンのスローガン「A.R.E. (Aim!Respect!Empower!)」としても採用される。
 本作を見る前まで筆者は、今季の阪神は、岡田が発した言葉の持つ魔力によってナインが“集団催眠”のような状態になり、実力以上のものを発揮できた末の優勝だと思っていた。
 それは1996年、当時の巨人・長嶋監督から発せられた「メークドラマ」という、ミスターならではの和製英語によってナインが奮起し、11.5ゲーム差からの大逆転優勝を成し遂げたエピソードが想起され、今回の阪神の優勝も、それに近いものなのだろうと感じていたからだ。「アレ」も「メークドラマ」も、その年の流行語大賞に選出されたことで一致していたこともその一因だ。
 しかし、その認識は間違っていたと、本作を通し痛感し、同時に「優勝とはそんな薄っぺらいものではない」と言われているようで、反省させられた。
 就任当時、65歳を迎えていた岡田。もちろん12球団最高齢で、オリックスで最下位に終わった2012年以来11年ぶりの現場復帰とあって、そのブランクを不安視する声も少なくなかった。
 しかも阪神は12球団で唯一、平成生まれの選手しかいない最も若いチームだ。そんなチームに岡田は「最も可能性を秘めている」と、ポジティブな第一印象を語っている。
 岡田がまず着手したのが、内野手の固定だ。遊撃手として絶対的存在で、侍ジャパンに選出され、WBCで世界一も経験した中野を、何のためらいもなく二塁手にコンバートする。加えて一塁手に大山、三塁手に佐藤輝、遊撃手に木浪(開幕時は小幡)で固め、打線も「4番・大山」でフルシーズンを戦うことを決意する。
 岡田の采配は独特だ。基本的には堅実な試合運びをする一方で、勝負どころと見ると、代打・代走を立て続けに投入し、全力で1点を取りに行く野球だ。自ずと試合に絡む選手は増えていき、層も厚くなっていく。
 その真骨頂は、6月5日の交流戦・ロッテ戦。相手マウンドに立ったのは“令和の怪物”佐々木朗希だ。
 先発・才木も踏ん張り、0-0の膠着状態で試合は進む。しかし、5回まで無安打だった阪神打線がワンチャンスをものにする。6回に先頭の中野が四球で出塁。二盗と暴投で1死三塁のチャンスを作ると、大山がチーム初安打となる右前打で先制に成功する。そして結果、この試合をものにする。
 岡田は「四球の価値」を高めた指揮官でもある。フロントに、四球を安打並みの査定ポイントとするように直談判し、その結果、ナインの意識も高まり、四球を選ぶシーンが飛躍的に増えた。四球で出たランナーが試合を決めたことも一度や二度ではない。ベテラン監督ならではの、野球を知り尽くした“名采配”だ。
 半面、作中では、岡田の人間臭い一面も明かされている。
 7月25日に甲子園で行われた、阪神OBにして脳腫瘍のため28歳の若さで亡くなった故・横田慎太郎氏の追悼試合・巨人戦を4-2で制した後のことだ。
 岡田は述懐する。「なぜ4-2というスコアに注目しないんだ?横田の背番号(24)と同じだろ?記者連中はどこを見ているんだ?」と気色ばんだのだ。
 また、8月18日のDeNA戦では、熊谷の盗塁がリプレー検証の上でセーフからアウトになったことで審判団に激高。平田ヘッドが仲裁に入り、退場は免れたものの、これを機にNPBが動き、コリジョンルールの解釈変更を検討するに至った。選手よりも目立つことを良しとしない岡田だが、ここぞの場面では悪役をも買って出るボスの姿に、ナインが燃えないはずはない。
 5月の快進撃、交流戦での足踏み、そしてマジック点灯後の無敵ぶりを、迫力ある試合映像とともに振り返った本作。
 クライマックスは、9月14日、甲子園での巨人戦でリーグ優勝を決め、胴上げされるシーンだ。
 そして、「関西対決」となったオリックスとの日本シリーズを4勝3敗で制し、日本一となったシーン、さらに、11月23日、御堂筋で行われた優勝パレードのシーンが立て続けに映し出される。
 その後、主力選手に岡田監督の印象を聞いていく。他選手がありがちな答えをする中、主砲の大山は、指揮官の印象を「無」と表現する。大山はその意図を明かさなかったため、筆者の頭には「?」がよぎる。
 まさか「無策」の無ではあるまいし、「存在感が無い」という意味でもなかろう。
 考え方を変えてみれば、選手に「無」と言わしめてしまうほど、“選手第一”に徹した指揮官なのだという着地点に落ち着く。
 「アレ」という言葉ひとつで選手のみならず、マスコミやファンをも巻き込み、優勝ムードを一層盛り上げた岡田の手腕は、抑えの3本柱「JFK(ジェフ・ウィリアムス、藤川球児、久保田智之)」に頼り切りで優勝した第1次政権時よりも、一皮も二皮もむけた印象を与えた。
 こうなると、欲深い阪神ファンが連覇を期待するのは必然だ。その年齢から岡田の長期政権を望むのは酷といえるが、幸いナインは若く、伸びしろは十分にある。そこに日本一の経験も加わったのだ。
 来季は他球団も目の色を変えて「阪神包囲網」を仕掛けてくるだろう。しかし、勝負どころの見極めに優れた指揮官の下、粘り強い野球で勝利を重ねたナインの経験値をもってすれば、連覇も十分可能だろう。
 それどころか、今季の優勝は黄金時代の始まりに過ぎないとさえ思えるのだ。それほどまでに、今季の阪神は奇策に頼らず手堅い野球をしていたからだ。
 そして岡田は来季、どのようにチームをマネジメントしていくのかも見ものだ。さらに今季の「アレ」に続くキーワードは飛び出すのか、今から楽しみでならない。
<評価>★★★★☆
<公式サイト>https://tigersmovie2023.com/
<公式X>https://twitter.com/tigersmovie2023
<監督>今村圭介
<制作>ベスティ/G・G
<協力>朝日放送テレビ
<配給>ティ・ジョイ
<製作幹事>TIME
<特別協力>阪神タイガース
#栄光のARE #阪神 #野球 #阪神タイガース #タイガース #tigers #映画 #岡田彰布 #村上頌樹 #近本光司 #大山悠輔 #岩崎優 #大竹耕太郎 #佐藤輝明 #中野拓夢 #森下翔太

阪神タイガース 岡田監督 そらそうよ タオル ARE M

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  • 出版社/メーカー: ノーブランド品
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【映画レビュー】「桜色の風が咲く」(英題「A Mother's Touch」2022 日本) [映画]

【映画レビュー】「桜色の風が咲く」(英題「A Mother's Touch」2022 日本)
 9歳で失明し、さらに聴力を失いながらも大学に進学。さらに大学教授になった東京大学先端科学技術研究センター福島智氏と母・令子さんなどの家族の実話を基に描いた人間ドラマの実話を映画化。
 関西で教師の夫・正美(吉沢悠)と3人の息子とともに暮らす令子(小雪)。幼くして失明した末っ子の智は家族の愛情に包まれながら育ち、東京の盲学校で高校生活を送るが、18歳の時に聴力も失ってしまう。
 暗闇と無音の世界で孤独に苛まれる智(田中偉登)に希望を与えたのは、令子が智との“会話”から生まれた全く新しいコミュニケーション手段の「指点字」だった。智と令子は困難を乗り越え、人生の可能性を切り拓いていく。
 元々、“難病モノ”の作品は苦手だが、本作は病気そのものにフォーカスしておらず、あくまでハンディキャッ
プを背負った青年の成長物語を軸に描いている。智は失明しただけではなく、18歳の時には聴力をも失ってしまう。想像しただけでも恐ろしく、死にたくなるほどの絶望感だっただろう。
 それを乗り越えられたのは、智の心の強さや性格の明るさ、家族のアシストだけではない。物語を通じて感じたのは、智は出会う人に恵まれたともいえるのだ。
 幼少期に義眼をからかわれる軽いイジメには遭うものの、青年期を迎えた智の周囲には、そのような人物はいない。それは盲学校の寮生活という環境もあるだろうが、自身の芯の強さ、明るさも大いに関係しているだろう。そして、挫けることなく勉学にも励み続けたことが、後々、己の人生を切り拓くことに繋がるのだ。
 聴力を失うことが分かった時には、さすがに悲壮感を漂わせ、感情的になり、弱気になるものの、智はこの暗黒と絶望から再び立ち上がる。神は彼を見捨ててはいなかったのだ。
 神は智に“生き抜いていくための知恵”を授けていたのだ。智はこれを大いに生かし、人とコミュニケーションを取る術を編み出し、たゆまぬ努力の末、大学入学を果たす。そしてついには教鞭を取るまでになるのだ。
 本作は単なる不幸な青年の話ではない、人間再生の物語だ。そこには支えてくれる家族や友の存在があり、人間は独りでは生きられないという、当たり前だが忘れられがちなテーマが含まれている。
 主演の小雪、智役の田中偉登の好演もあり、感動的でありながら、“お涙頂戴ドラマ”で終わらせない奥深さが見える作品だ。
<評価>★★★★☆
<公式サイト>https://gaga.ne.jp/sakurairo/
<公式X>https://twitter.com/sakurairo114
<監督>松本准平
<脚本>横幕智裕
<製作総指揮・プロデューサー>結城崇史
<撮影>長野泰隆
<照明>児玉淳
<録音>沼田和夫
<整音>越智美香
<音響効果>安藤友章
<美術>加藤ちか
<装飾>柴田明良
<小道具>佐藤千晃
<衣装>加藤友美、カドワキジュン子
<ヘアメイク>前田亜耶
<編集>出野圭太
<音楽>小瀬村晶
<VFXディレクター>美佐田幸治
<DIスーパーバイザー>シン・ソンヒ
<助監督>黒田健介、北野隆
<協力>福島令子、福島智
<キャスティング>石野美佳
<アドミニストレーションスーパーバイザー>長田健吾
<アシスタントプロデューサー>ヘリー・アン
<ラインプロデューサー>ロクサナ・リー
<プロダクションマネージャー>鷲頭政充
<エンディング曲>辻井伸行「ベートーヴェン:ピアノ:ソナタ 第8番 ハ短調(悲愴)Ⅱ.ADAGIO CANTABILE 」(avex-CLASSICS) https://avex.jp/classics/catalogue/detail.php?cd=TUJIN&id=1015414
<「桜色の風が咲く」オリジナル・サウンドトラック(UNIVERSAL MUSIC JAPAN)>https://www.universal-music.co.jp/kosemura-akira/products/uc1aa-02002/
#桜色の風が咲く #映画 #松本准平 #横幕智裕 #福島智 #小雪 #田中偉登 #吉沢悠 #朝倉あき #リリーフランキー #吉田美佳子 #山崎竜太郎 #札内幸太 #井上肇 #辻井伸行 #失明 #盲ろう者 #実話 #ギャガ #GAGA

桜色の風が咲く [DVD]

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  • 出版社/メーカー: ギャガ
  • 発売日: 2023/04/05
  • メディア: DVD






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【映画レビュー】「翔んで埼玉 琵琶湖より愛をこめて」(2023 日本) [映画]

【映画レビュー】「翔んで埼玉 琵琶湖より愛をこめて」(2023 日本)
 かつて、筆者が育った東北6県の各ラジオ局で放送されていた「我が町バンザイ」という番組があった。自分の住む県や町を自慢し、他の地域より優れている面をアピールするという内容だった。当初、都会自慢や田舎自慢といったものだったが、徐々にエスカレートし、県同士の“抗争”にまで発展。本来の「おらが町の自慢話」というコンセプトが消え失せ、短命に終わった伝説(?)の番組だ。筆者も投稿し、番組に採用され、ノベルティグッズをもらった経験がある。
 地域ディスりを話題とするのは、古今東西問わず楽しいものだ。しかし、一歩間違えれば“差別”となってしまう。そのギリギリの線で他地域をコケにするにはテクニックが必要なのだ。本作の原作漫画の作者・魔夜峰央は、1982年にアニメ化された『パタリロ!』などで広く知られている一流漫画家。そんな彼が“地域ディスり”の視点で、当時住んでいた埼玉県を自虐的に、そして笑いに昇華して描いた作品が『翔んで埼玉』だ。
魔夜自身は新潟県出身で、埼玉県人ではない。だからこそ第三者的視点で、「埼玉が東京からどう見られているか」に敏感になったのではないだろうか。魔夜は連載当時、当時の自分を「錯乱していた」と語っている。それほどまでに、本作の世界観は常軌を逸したものだった。
 蔑まれ続ける埼玉を面白おかしく描いた魔夜だが、実は原作漫画は、たった3話しか連載されていない。その事実だけでも映画化されたことは“奇跡”といえ、さらにその作品が37.6億円もの興行収入を叩き出したことも“奇跡”だ。そして、その続編が製作されたこともそうだろう。
 当初、続編製作には困難が付きまとった。当初、麻実麗役の主演・GACKTが出演に乗り気ではなく、そうこうしているうちにGACKT自身が病床に伏すなど、アクシデントもあった。
しかし、東映はじめ、製作陣はあきらめることなく、壇ノ浦百美役の二階堂ふみなど、他のキャスティングを進める。そして、復帰したGACKTに再度アタック。GACKT自身「その時には既に外堀を埋められていた」と語るように、着々と準備を進めていたスタッフのファインプレーだろう。
 本作もまた、さいたま市役所の職員・内田智治(アキラ100%)が、妻の内田直子(和久井映見)と、身重の娘・若月依希(朝日奈央)を連れ、地区対抗の綱引き大会が行われる酷暑の熊谷に向かう車中で、NACK5から流れる“都市伝説”という形でストーリーが紡がれている。
 その埼玉でも、問題が起きていた。綱引き大会で、仮に決勝が「浦和vs大宮」の対決となれば、県を二分する戦いとなることは明白。その組み合わせだけは避けるべく、内田ら運営側は奔走。しかし、あるチームに力士を大量投入したものの、熱中症で倒れてしまう始末だ。
 片や、「日本埼玉化計画」を推し進めようとする麗と百美は、「埼玉の横のつながりを作りたい」と武蔵野線の敷設を提案するが、東京とつながるJR、西武、東武といった鉄道各社は否定的な姿勢を崩さない。百美には「乗り換えなしで東京ネズミーランドに行く」という夢もあった。
そんな中、東京の方ばかりに目が行き、バラバラになった埼玉県人の心を一つにするため、麗は「埼玉に海を作る」という突拍子もない提案をする。
 そして、美しい白浜の砂を求めて、壮絶な船旅の末、和歌山へと行き着く。そこで麗の一行は、信じられない光景を目にする。和歌山県人が、かつての埼玉県人、いやそれ以上の酷い迫害を受けていたのだ。関西の地は、大阪府知事の嘉祥寺晃(片岡愛之助)、さらには神戸市長(藤原紀香)、京都市長(川崎麻世)の手によって牛耳られていたのだ。ちなみに片岡は大阪府堺市出身、片岡の妻である紀香は兵庫県西宮市出身、川崎麻世も京都市生まれだ。それぞれが役を通じて、“故郷へ錦を飾る”形となる、この上ないキャスティングだ。
 大阪ネタ以外にも、紀香演じる神戸市長の“お高くとまった”感じや、麻世演じる京都市長が「洛外は京都じゃない」と言い放ったり、「建前と本音が違う」ことを専用翻訳機で解読することなどで“京都あるある”を表現している点も見逃せないポイントだ。
 麗は白浜の海岸で、ある女性と出会う。同じく迫害を受ける滋賀県人たちを導き、通行手形撤廃に動いている「滋賀のオスカル」こと桔梗魁(杏)だ。白浜は大阪府民専用のリゾート地とされ、和歌山県人はそこで強制労働させられていた。さらに滋賀県人、和歌山県人のみならず、奈良県人も迫害の対象とされ、非人道的な扱いを受けていたのだ。
 紀州の梅干を鼻に詰められる和歌山県人、吊るされた鹿せんべいを食べさせられる奈良県人、信楽焼のたぬきの置物を目隠しして割ることを強要される滋賀県人など、名産品を使って、地獄のような辱めを受け、大阪人はそれを「県人ショー」と称した見世物として楽しんでいた。
 一方で、和歌山解放戦線のリーダーである姫君(トミコ・クレア)も囚われの身となっていた。
 居場所がバレた魁は麗を連れ、命からがら滋賀へと戻る。そこで麗はある看板を目にする、それは「とび太くん」と呼ばれる、交通安全のため「飛び出し注意」を啓発する目的で設置されたもので、魁によれば、滋賀県の人口よりも多いという。単なる、子どもが道路に飛び出す絵柄の看板なのだが、これが後に、大阪・神戸・京都連合軍との全面戦争に、大いに“戦力”となるのだ。
 麗は、嘉祥寺に囚われ甲子園球場の地下にある牢に入れられた仲間の救出に向かうが、麗もまた囚われてしまう。
 「甲子園球場は西宮では?」というツッコミはさておき、その描写には思わずニヤリとさせられる。電光掲示板設置前と思われ、廊下に「掛布」「岡田」「バース」「真弓」と書いた掲示板がさりげなく置いてあるのだ。
 そしてその奥にある牢では、埼玉解放戦線のメンバーである下川信男(加藤諒)が“大阪人化”していた。
タコ焼きやお好み焼きなど、大阪グルメの代表格「粉もん」に、“大阪中毒”になる成分が入った白い粉を混入させ、徐々に「粉もん」に病みつきになり、重症化すると大阪名物の豚まん「551」が食べたくて仕方がなくなるという第1形態から、ツッコミをせずにいられなくなる第3形態、そして「パチパチパンチ」や「乳首ドリル」という吉本のギャグをせずにいられなくなる第5形態、果てはお腹に吸引器を付けられ、それで出来た「タコ焼きスタンプ」が3つ溜まると「大阪化完成」となってしまうのだ。
 下川らは自らを犠牲に、麗を脱出させ、麗は桔梗と手を組み、嘉祥寺の悪事に対抗し、和歌山、奈良をも引き込み、滋賀県人の解放を求め、嘉祥寺に戦いを挑む。
 その手法として、麗は「琵琶湖の水をせき止める」という手に出る。淀川を渇水させることによって、白い粉を生み出す植物を枯らす作戦だが、それは同時に、滋賀県が水没するという大きな犠牲をも覚悟しなければならなかった。
 当然ながら、反発する農民たち。しかし、麗や桔梗、他の迫害を受ける人々の思いを知り、作戦は決行される。
 軍勢では圧倒的に弱い。そこで兵士の少なさをカバーし、多く見せるために登場したのが、前述の「とび太くん」だ。敵軍は、まんまと騙され、攻勢の足が止まる。
しかし、この籠城戦も限界があり、敵軍が一気に彦根城に攻め込んでくる。バラバラに壊される「とび太くん」、湖底に沈んだ街…。戦いはなぜか、有名人対決に移り、それぞれが出身の芸能人を次々と写真やイラスト、コレオグラフィーで登場させるという思わぬ展開を見せる。
 そしてついに嘉祥寺は、東京へ向け、白い粉を積んだロケットを発射する。そのロケットの正体は、大阪のランドマークとされるあの建物。ここが本作最大の見せ場だ。
 対する埼玉解放戦線は、知る人ぞ知る、あるタワーを発射させ、大阪側からのロケットを迎撃し、見事に撃墜。嘉祥寺の野望は失敗に終わる。
嘉祥寺を野望に走らせたきっかけは「都構想」に失敗した腹いせなのだという。どこかで聞いたような話だ。本作は、嘉祥寺という横暴キャラを通じて、大阪から全国へと勢力を広げつつある某右派政党の下品さを風刺しているのだと感じたのは、筆者の思い込みだろうか。
 場面は現代パートへと戻る。ラジオから流れた、その物語に感動する直美をヨソに、綱引き大会は思わぬ展開を見せ、最も懸念していた「浦和vs大宮」の決勝戦が実現してしまう。ここでもし、どちらかに凱歌が揚がれば、再び埼玉は分裂の危機を迎えてしまう。ここで内田が一案を講じる。ロープの真ん中をマジックで黒く染め、そこに ペットボトルを使って集光し、ロープを徐々に焼き切る作戦だ。決着が着きそうな瞬間、ロープは切れ、「引き分け」に終わり、内田ら役所側とすれば、結果オーライとなる。
 この綱引きシーン、浦和チームには、浦和レッズの元FW・水内猛が、そして大宮チームには、大宮アルディージャの元DF・塚本泰史が出演している点も見どころの一つだ。現在ではカテゴリーは違えども、「浦和vs大宮」のライバル関係を可視化するにはもってこいのキャスティングだ。
 さらに依希が、綱引き大会の場で産気づき、男児を出産する。勢いでその赤子に「とび太」と名付けられそうになり、依希は猛烈に拒否する。
そして、この物語を知った鉄道各社も心を動かされ、結束を固め、埼玉県人の悲願だった武蔵野線を開通させるシーンで物語は終わる。
 メガホンを取ったのは、『のだめカンタービレ 最終楽章』(前編:2009年、後編:2010年)、『テルマエ・ロマエ』(第1作:2012年、第2作:2014年)など、笑いをドラマに盛り込み、数多くのヒット作を世に放った武内英樹監督。前回よりスケールアップさせた世界観を形にしたことは“さすが”と感じざるを得ない。
 「壮大な茶番劇」という謳い文句には嘘はなく、実にくだらない物語だった。しかし、その「くだらない」という言葉は、本作に対する最大の褒め言葉だ。
そこにはどの県にも、他地域から見ればネガティブな面がある一方で、それすらも笑えてしまうほどの郷土愛が存在することに気付かせてくれるストーリーだからだろう。
 エンドロールにも注目だ。今回もはなわが主題歌を担当しているが、その歌詞は郷土愛に溢れるものであり、さらに、ミルクボーイの漫才も差し込まれている念の入れようだ。
おそらくは本作も、1作目ほどのヒット作となるだろう。そこで期待されるのは、さらなる続編だ。埼玉を中心とした“首都圏編”、滋賀を中心とした“関西編”ときたら、日本中を巻き込んだ“全国編”を期待せずにはいられないのだ。
 気が早いと思われるのも承知だが、“ウチの地方でやってくれ”といった逆オファーも、原作者の魔夜に届く可能性もある。本作によって埼玉が脚光を浴び、県のPRにも一役買うなどの効果を生んだ事実がある。作品を通じて町おこしを考える自治体が出てきても不自然ではないのだ。
 現在の日本の地方都市の現実は、駅周りの繫華街は廃れ、郊外のショッピングモールにしか若い人が集まらないといった画一的な街ばかりだ。このような現状下で「郷土愛」が生まれにくくなってきている。
だからこそ、このような作品が必要なのだ。この作品がヒットしている限り、日本の地方都市もまだ捨てたものではないことの証明でもある。武内監督と二階堂ふみは、今一度、謝罪行脚しなければならなくなるだろうが、是非とも3作目に挑んでほしいものだ。
<評価>★★★★☆
<公式サイト>https://www.tondesaitama.com/
<公式X>https://twitter.com/m_tondesaitama
<公式TikTok>https://www.tiktok.com/@m_tondesaitama
<監督>武内英樹
<脚本>徳永友一
<製作>大多亮、吉村文雄、川原泰博
<プロデューサー>若松央樹、古郡真也
<撮影>谷川創平
<照明>李家俊理
<録音>金杉貴史
<美術>あべ木陽次
<美術プロデューサー>三竹寛典
<アートコーディネーター>森田誠之
<装飾>竹原丈二
<人物デザイン監修・衣装デザイン>柘植伊佐夫
<衣装>大友洸介
<ヘアメイク>塚原ひろの、タナベコウタ、千葉友子
<VFXスーパーバイザー>長崎悠
<VFXプロデューサー>赤羽智史
<ミュージックエディター>小西善行
<スーパーバイジングサウンドエディター>伊東晃
<編集>河村信二
<音楽>Face 2 fAKE
<監督補>楢木野礼
<記録>赤星元子、松村陽子
<スケジュール>尾崎隼樹
<制作担当>武田旭弘、辻智
<アソシエイトプロデューサー>加藤達也
<ラインプロデューサー>齋藤健志
<原作>魔夜峰央「小説 翔んで埼玉~琵琶湖より愛をこめて~」 https://tkj.jp/book/?cd=TD048943
<主題歌>はなわ「ニュー咲きほこれ埼玉」(Victor Entertainment) https://www.jvcmusic.co.jp/-/Discography/A025759/VE3WT-10530.html
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映画『翔んで埼玉~琵琶湖より愛をこめて~』公式ガイドブック【特典シール付き】

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  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2023/11/04
  • メディア: 単行本






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【映画レビュー】「Shohei Ohtani-Beyond the Dream」(2023 日本) [映画]

【映画レビュー】「Shohei Ohtani-Beyond the Dream」(2023 日本)
 奇しくも、本作が配信開始される11月17日の朝、日本列島を明るいニュースが駆け巡った。全米野球記者協会(BBWAA)の会員投票により、エンゼルス・大谷翔平が、2年ぶり2度目のアメリカン・リーグMVP受賞を決めたのだ。しかもメジャー史上初となる2度目の満票での受賞だ。打っては日本人初の本塁打王(44本)、投手としても10勝を挙げ、終盤の25試合を負傷のために欠場したにも関わらず、辛口で鳴らす米国の記者も、その成績に“文句ナシ”と太鼓判を押した形だ。
 本作は、そんな大谷をその生い立ちから追い、メジャーリーグのレジェンド、ペドロ・マルティネズ、CC・サバシア、さらには松井秀喜、ダルビッシュ有、大谷の日本ハム入りに尽力した前・侍ジャパン監督の栗山英樹、海を渡った大谷を最初に指導したエンゼルスの元監督マイク・ソーシア、2020年からエンゼルスを指揮したジョー・マドン、代理人のネズ・バレロといった面々が、ユニコーンにも例えられるこの二刀流が、如何にして誕生し、成長を遂げていったかに迫るドキュメンタリーだ。
 日本版のナレーションを担当したのは松井秀喜、英語版ナレーションはペドロ・マルティネズが務めるなど、豪華この上ないキャスティングだ。
大谷が野球を始めた河川敷のグラウンド、そしてその周辺の水沢(現・岩手県奥州市)の田園風景。さらに母校の小学校・中学校の校舎の映像も差し挟まれ、花巻東のグラウンドへと続いていく。その映像を見たペドロ・マルティネズが、自身の故郷に思いを馳せるシーンが印象的だ。
 その花巻東時代、大谷は、自身の夢を可視化するための“マンダラチャート”とも呼ばれる目標達成シートを作成していたことを告白する。
 大谷自身は「他人に見せるようなものではなく、引き出しにしまっておきたかった」と照れるが、その中身とは、表の中心に「プロ8球団からドラフト1位指名」と記し、その周辺に「体づくり」「コントロール」「キレ」「メンタル」「球速160キロ」「人間性」「運」「変化球」の8つの要素を記入、さらにその8つの要素を実現するために必要な行動を、さらに8つずつ書き込んでいく。真ん中に書いた夢に向けて、実に合計80もの“やるべき事”を挙げ、自身に課していたのだ。
 高校時代に書いたその表を見た松井やペドロ、サバシアらのレジェンドも一様に驚きの声を上げ、現在の活躍ぶりに納得するのだ。
 また当時、ペドロに憧れていた大谷は、そのマウンドさばきのみならず、投球間に見せる細やかなクセも真似していたことが、映像から見て取れ、その“完コピ”ぶりを見たペドロは、思わず相好を崩す。
 話題はポスティングシステムによってメジャー挑戦に至るいきさつに移る。当時23歳だった大谷の契約はMLBの規定でマイナー契約からとされていたため、資金力に乏しい球団も、続々と獲得に名乗りを挙げる。
その中で大谷が入団を決めたのは“大穴”とされていたエンゼルス。ヤンキースやレッドソックスといった名門球団の誘いを断ったことは、現地の野球ファンを驚かせた。
 この決断について、大谷は「フィーリング」と語っているのだ。この答えは驚くものだった。自身の成長曲線をチャートにしてまで管理する男だ。物事を全て理詰めで考えているような印象を受けるが、野球人生の中で最も重要な場面で、自身の直感を頼ったのだ。この選択が正解だったのか、そうでなかったのかは、自身の成績が示しているだろう。
 彼とて、最初からメジャーに適応できたわけではない。移籍後初のキャンプでは大苦戦し、オープン戦では投手としてメッタ打ちに遭い、バットも湿ったままで打率1割台と、散々の成績のままシーズンに突入する。
懐疑的な声が彼を包む中、開幕戦を迎える。ここで大谷は目を覚ます。結果、メジャー初年度にして打っては打率.285、22本塁打、投げては4勝2敗、防御率3.31の成績を残し、ア・リーグ新人王に輝く。
 ここでダルビッシュが口を開く。それは、自身がメジャー移籍した頃、チーム内で人種差別があったことをうかがわせる内容だった。「日本ハムに戻りたい」と感じたことも一度や二度ではなかったという。今はほとんどなくなったと語るが、少なくとも大谷を迎えたエンゼルスのロッカールームには、そういった差別はなかったであろうことは想像できる。さらに言えば、彼の活躍によって、他の日本人選手への言われなき差別は消え失せた。
 大谷とダルビッシュは、同じ日本ハムからメジャーへ羽ばたいたが、一緒にプレーしたことはなく、対戦経験もない。そして、ダルビッシュと入れ替わるように日本ハム入りした大谷はダルビッシュの背番号「11」を引き継ぐことになる。球団にとってエースナンバーといえる番号を新人に託したことは、彼に対する期待の表れでもあった。
 そしてついに、この2人が同じユニフォームに袖を通す日がやってくる。記憶に新しい第5回WBCだ。ダルビッシュは大谷から熱烈なオファーを受けたことを明かし、「ダルさんがいなければ優勝できません」とまで言われ、侍ジャパン入りを決意する。目には見えない“師弟関係”が、そこには存在していたといえる。
 大谷が語った通り、ダルビッシュ参戦によって、栗山監督も全幅の信頼を置くほどのチームの軸ができ、劇的な展開で優勝を飾った侍ジャパン。胴上げ投手は、米国の最後のバッター、エンゼルスの同僚であるトラウトを三振に斬って取った大谷だった。
 大谷が、かつて自ら作成した目標達成シートを裏返し、毛筆で大きく「世界一」と書く。大谷の目標はいつしか、高校時代に記した、そのシートの内容をも超えていたのだ。
 大谷への6時間を超えるインタビューと、メジャーのレジェンドたち、さらに日本を代表して海を渡った松井やダルビッシュ、二刀流選手として大谷を育て上げた栗山や、その才能を最大限に生かしたソーシアやマドンといった指揮官、グラウンド外でサポートを続けた代理人と、実に多くの角度から、大谷翔平という1人の野球選手に迫った本作。インタビュー映像と試合映像をテンポ良く組み合わさり、99分がアッという間に感じられるドキュメンタリーだ。
 当の大谷は大争奪戦の末、天文学的な年俸でドジャースに移籍した。居心地の良かったはずのエンゼルスを後にしたのは、自らをさらに成長させ、チャンピオンリングを手にするためだ。大谷が金では動かない性格であることは、前述の通りだ。会見の場で、移籍の核心についてまでは口にはしなかった大谷。再び“フィーリング”を重視し、“直感”で来季の所属先を決めたのだろうか…。
 右ヒジ手術からのリハビリのため、来季は打者に専念することがすでに決定している大谷だが、まだ29歳。脂が乗ってくるのはこれからだ。30歳になった大谷がさらなる伝説を残すことを大いに予感させる一作だ。
<評価>★★★★☆
<公式サイト>https://www.disneyplus.com/ja-jp/movies/shohei-ohtani-beyond-the-dream/4HRAONj2lYwF
<監督・編集>時川徹
<日本語版ナレーション>松井秀喜
<英語版ナレーション>ペドロ・マルティネズ
#大谷 #映画 #ドキュメント #ドキュメンタリー #二刀流 #大谷翔平 #松井 #ペドロ・マルティネズ #サバシア #ダルビッシュ #ソーシア #マドン #バレロ #栗山英樹 #野球 #メジャー #エンゼルス #ドジャース #Disney+


BIG FLY 大谷翔平プレイバック2023 岩手日報特別報道記録集

BIG FLY 大谷翔平プレイバック2023 岩手日報特別報道記録集

  • 出版社/メーカー: 岩手日報社
  • 発売日: 2023/11/18
  • メディア: Kindle版






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【映画レビュー】「法廷遊戯」(2023 日本) [映画]

【映画レビュー】「法廷遊戯」(2023 日本)
 五十嵐律人による同名のミステリー小説を原作とした本作。
 五十嵐は、東北大学法学部に在学中、大学で法律を学ぶと同時に「法律の魅力が伝わる小説を書きたい」と小説の執筆を始める。同大学の法科大学院(ロースクール)を修了後、司法試験に合格したが、弁護士にも検察官にもならず、裁判所の事務官や書記官として勤務。
 そこで出会った法律上のトラブルに遭遇した人に寄り添いたいと感じ、弁護士に転身する。司法修習生の間にも執筆を継続し、2020年に、本作の原作となった「法廷遊戯」が第62回メフィスト賞を受賞し、作家デビューした変わり種。現在も大手法律事務所に勤務している“二刀流”だ。
 物語冒頭、駅のホームの階段から転げ落ちる男女のシーンから始まる。その時は、この映像が何を意味するかは分からないが、ストーリーが進むにつれ、この出来事が、登場人物の運命を左右する重要な映像であることが分かってくる。
 名門・法都大学のロースクールへ通い、法律家を目指している「セイギ」と呼ばれる主人公・久我清義(永瀬廉)と同じ学校で学ぶ、清義の幼なじみの織本美鈴(杉咲花)、2人の知られたくない過去を告発する手紙が学内でバラ撒かれ、周辺でも不可解な事件が続く。
 清義と美鈴が相談を持ち掛けたのは、親友にして、同じロースクールに通いながらも既に司法試験を合格していた天才・結城馨(北村匠海)。真相を追う3人だったが、事件は思わぬ方向に展開していくことになる…。
 この学校では、ある遊びが流行していた。それは、学校近くにある洞窟で行われる「無辜(むこ)ゲーム」と呼ばれる模擬裁判。それを仕切っていたのが結城だった。
 そのゲームは加害者・被害者・審判者の3名からなる裁判ゲーム。「無辜」とは、罪のないこと。また、その人のことを指す用語だ。
 その“起訴内容”は、「俺のスマホを壊したのは誰だ」といった程度のものだったが、被害を受け告訴した者や刑罰法規に反する罪を犯した犯人、犯人が罪を犯したことを証明する者、審判し罰を与える者、傍観する者、審判し罰を与える権利を持つ者には、無辜の制裁や罰が科せられるルールだ。このゲームによって、勉強漬けの毎日を送るロースクールの学生たちは憂さ晴らしをしていたのだ。
 ある日、無辜ゲームを問題視していた教授の奈倉哲(柄本明)が視察するが、エリートである馨が発案したものということもあり、“お咎めなし”とし、その場を去る。
 しかしある日、清義と美鈴が無辜ゲームをすることになる。
 清義は、16歳の頃に起こした児童養護施設の施設長をナイフで刺した事件を暴露されていた。その当時の新聞記事を貼り付け、清義を中傷する言葉を記したビラを学内にバラ撒かれたのだ、名誉棄損の被害を受けた告訴者として、審判者の馨に無辜ゲームの開廷を申し入れたのだ。
 清義を貶めようとした犯人を捜し出し、清義はゲームに勝利する。しかし、清義は犯行に用いられた、昔の児童養護施設での集合写真や傷害事件を報じる当時の新聞記事を、誰がどうして手に入れたのかと気になり、犯人の同級生に尋ねる。その答えは「正体のわからない何者かから与えられた」だった。
 次の日の朝、大学に行く途中の電車の中で清義は、痴漢被害にあったふりをしようとしている女子高生を見かける。ターゲットの男性の襟元には弁護士バッジが付いていることに気付いた清義は、女子高生に行為を思い留まらせる。
 その女子高生はサキといい、お金に困っていそうでワケありな様子の彼女から、清義はほろ苦い自らの過去を思い出す。そのせいで大学に遅刻した清義は、美鈴が欠席していると知り、彼女のアパートへ向かう。
 美鈴はより悪質な嫌がらせを受けていた。美鈴の自宅のドアスコープにアイスピックが突き刺されるほか、自転車をパンクさせられたり、ネット記事の投函をされたりもしていた。
 そのネット記事が報じていたのは女子高生による痴漢詐欺。記事そのものは美鈴とは無関係なのだが、「美鈴の過去を知っている」という含みがあるようで不気味なことこの上ない。
 清義はネット記事を投函された現場を押えようと張り込むが、失敗に終わる。一方で、美鈴のアパートの住人が怪しいとにらんだ清義は、美鈴の上の部屋に目をつける。
 清義の読みは当たり、美鈴の上階の空き部屋に住みついていた浮浪者の沼田大悟(大森南朋)を取り押さえ、彼が投函の実行犯と判明するが、沼田は“裏バイト”として雇われたに過ぎず、そのクライアントの正体が誰かは知らなかった。
 清義と美鈴の過去の罪を知るその黒幕はそれから姿を現さず、2年が経過し、清義と美鈴はロースクールを卒業。その後、清義と美鈴は司法試験にも合格。清義は晴れて弁護士となる。一方、馨は大学に残り法学者になる選択をする。
 そんな清義のもとに、馨から「久しぶりに、無辜ゲームを開催しよう」とメールが届く。
 無辜ゲームの詳細は分からず、清義は無辜ゲームにかこつけた同窓会なのだろうと感じ、別の地方で司法修習を受けていた美鈴も出席するとあって出席する。
 当日、清義は母校のロースクールへ向かう。模擬法廷の扉を開けると、同級生の姿は見当たらず、胸元にナイフが突き刺さり、仰向けに倒れた馨がいたのだ。そのそばには美鈴の姿があった。
 力なく座り込んだ美鈴は、清義に「私が殺したんだと思う?私のことを信じてくれる?お願い清義。私の弁護人を引き受けて!」と叫ぶ。いかに美鈴が清義を信頼していたかが分かるシーンだ。
 清義は美鈴の裁判に集中するため、勤務していた法律事務所を退職し独立する。
 美鈴が逮捕された事件の状況からみて、誰がどう見ても美鈴が犯人だと思え、実際に美鈴は殺人罪で起訴されるのだが、美鈴は無罪を主張する。弁護人である清義との接見で美鈴に真相を話してほしいと伝える。しかし、美鈴は、取り調べに対しても、弁護人の清義に対しても、徹底的に黙秘し続ける。
 清義は美鈴の黙秘には目的があると思い、自力で真相を探ることになる。美鈴は無罪を主張しているにも関わらず、弁護士にも黙秘するという行動は、常識では考えられない。圧倒的に不利な状況をひっくり返すには、被告の証言が絶対に必要だからだ。これが普通の弁護士であれば、辞任されても致し方ない状況だろう。
 しかし、幼なじみがゆえの仏心が出てしまったのか、清義はそんな態度の美鈴にも寄り添う姿勢を貫き続ける。
 調べていく過程で清義は、美鈴と同じ児童養護施設にいた頃に起こした事件。そして、学費を稼ぐために美鈴とともに始めた痴漢詐欺の過去、そしてそのターゲットが馨の父である佐久間悟(筒井道隆)だったこと、さらに佐久間がその後、事件がきっかけで精神を病み自殺していたことなどが分かってくる。
 清義は、なせ馨が無辜ゲームに2人を誘ったのか、さらにその場で刺殺体となっていたのかが、おぼろげながら、徐々に分かってくる。そして、美鈴が持っていたもののロックが掛かっていたSDカードが、この事件に至る全てを詳らかにし、法廷は騒然となる…。
 ここで注目したいのは、美鈴を演じる杉咲花の演技だ。一切、黙秘を貫いていた一方で、接見時には一旦スイッチが入ると、何かに憑りつかれたかのように清義に食ってかかる凶暴性を露わにするのだ。一方で法廷では、裁判官の忠告を無視して、狂ったように笑い転げるシーンもある。喜怒哀楽の表現が突き抜けているのだ。
 とことん目の前の仕事に真摯に取り組む清義を演じる永瀬廉の純粋さ、天才である一方で、どこか陰があるキャラクターの馨を演じる北村匠海の表情…、いずれも好演を見せているが、杉咲の狂気が垣間見えるこの演技には度肝を抜かれた。主役の永瀬、さらに北村をも食わんばかりのド迫力だ。サイコパスと化した杉咲花…。本作の大きな見どころの一つかも知れない。
 メガホンを取った監督の深川栄洋は「この映画は、法律は何を守り何が守れなかったのかを描いている」と語っている。
 また、原作者の五十嵐も「法律は社会の根底に流れるルールであると同時に、不安定で理不尽な世界を生き抜くための武器」、さらに「事件の謎が解き明かされた時、法律や裁判の印象が変わっていたら、そして、黒と白の間にある灰色の部分について考えていただけたら、とても嬉しい」とも語っている。
 作中で児童養護施設で問題を起こした幼い清義に対し、弁護士の釘宮昌治(生瀬勝久)が語った「世の中に出たら、武器になるのは暴力ではなく知識」というセリフが非常に意義深く、印象的だ。
 監督も原作者も、全ての人が安全で、平等であるべき世の中にするために作られた法律が、決して全て正しいというわけではないという思いを表現している。そして、その現実を、本作の複雑怪奇なミステリーの中に仕込んでいるのだ。
<評価>★★★★☆
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<公式Instagram>https://www.instagram.com/houteiyugi_mv
<公式TikTok>https://www.tiktok.com/@houteiyugi_movie
<監督>深川栄洋
<脚本>松田沙也
<プロデューサー>橋本恵一、本郷達也
<製作>吉村文雄、小林敏之、松本智、東城祐司
<アソシエイトプロデューサー>山本喜彦
<ラインプロデューサー>渡辺修
<音楽プロデューサー>津島玄一
<スーパーバイザー>土屋勝
<撮影>石井浩一
<照明>椎原教貴
<サウンドデザイン>石坂紘行
<録音>矢野正人
<美術>黒瀧きみえ
<装飾>鈴村高正
<スタイリスト>浜井貴子
<スタイリスト(杉咲花)>渡辺彩乃
<ヘアメイク>竹下フミ
<編集>坂東直哉
<音楽>安川午朗
<助監督>菅原丈雄
<VFX>堀尾知徳
<記録>西川三枝子
<制作担当>安波公平
<原作>五十嵐律人「法廷遊戯」(講談社) https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000370689
<主題歌>King & Prince「愛し生きること」(UNIVERSAL MUSIC JAPAN) https://www.kingandprince5th.jp/
#法廷遊戯 #映画 #五十嵐律人 #深川栄洋 #永瀬廉 #杉咲花 #北村匠海 #柄本明 #生瀬勝久 #筒井道隆 #大森南朋 #戸塚純貴 #黒沢あすか #倉野章子 #やべけんじ #タモト清嵐 #裁判 #法廷 #弁護士 #ロースクール #ミステリー #東映

法廷遊戯 (講談社文庫)

法廷遊戯 (講談社文庫)

  • 作者: 五十嵐律人
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2023/04/14
  • メディア: Kindle版






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【映画レビュー】「人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした」(2023 日本) [映画]

【映画レビュー】「人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした」(2023 日本)
 『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』。このタイトルだけで、惹きつけられる。しかも、元SDN48に所属した大木亜希子の私小説。つまり実話だ。AKBグループを筆頭に、女性アイドルグループが多く誕生し、「地下アイドル」といったジャンルも存在し、“アイドル過多”ともいえる現在の芸能界。「消えていったアイドルのその後」の厳しい現実を描きながらも、アイドル、それどころか若い女性にも全く興味もないような56歳の独身男性との奇妙な共同生活を綴っている。
 芸能界を引退した元アイドルのアラサーを迎えた元アイドルで、一般企業で働きながらも、夜は恋活に精を出す日々を送る安希子を演じるのは乃木坂46の元メンバーの深川麻衣。インスタでは“リア充”ぶり全開のキラキラした投稿を続けるものの、出勤途中に駅で突然足が動かなくなり、仕事へ行こうとしても体が拒否するようになり、退社を余儀なくされる。収入ゼロとなった彼女は、六畳一間の風呂なしアパートでビンボー暮らしを強いられることになる。預金残高は10万円…。完全に人生に“詰んでいる”状態だ。
 精神科医の大熊(柳憂怜)からカウンセリングを受ける安希子は、自分の足が動かなくなった原因をストレスと運動不足と主張するが、そのまくし立てるような口ぶりに、大熊から「まずは深呼吸しましょう」とたしなめられる。大熊の目には、安希子が何かに追い立てられているように映ったのだろう。
 そんな安希子に、友人で会社社長を務めるヒカリ(松浦りょう)から、ルームシェアの相手を探している中年男性を紹介される。彼の名は通称「サザポン」(井浦新)。その家は都内の庭付き一戸建て。不安を抱えながらも、背に腹は代えられない安希子にとって、月3万円で住居を確保できるというメリットを享受できることで、同居を決意する。
 サザポンは、ヒカリが事前に言っていた通り、人畜無害のどこにでもいそうないいオジサン。安希子の私生活に踏み込んでくることもなく、趣味は家庭菜園と、上手とはいえないピアノ、そして、ビールを飲みながら刑事ドラマを見るのが楽しみという地味な生活を送る中年男性だ。
 引っ越してくるなり、「まぁ、適当に…」と安希子を迎え入れるサザポン。生活面での当面の不安は消えた安希子だが、WEBライターの仕事では「記事1本1000円」という常識外れなまでに買い叩かれた報酬で、貯金もままならず、梱包のアルバイトも始める。そこで友人の景子(柳ゆり菜)と再会する。景子も過去、芸能界に籍を置き、人気グラドルだった。そんな景子も年齢という現実には勝てず、裏方仕事に精を出す生活を送っていたのだ。
 一方で安希子は、カメラマンをしている浩介(猪塚健太)に思いを寄せていた。浩介からも、取材と称し、共に旅行に出かける仲だった。しかし、告白した安希子に対し浩介は、「俺、彼女いるし…」と残酷なまでにフラれてしまう。自分の心を弄んでいた浩介のクズ男っぷりに絶望した安希子は、ヒカリと景子を呼び出し、「死にたい死にたい」と繰り返し、痛飲する。何もかも上手くいかない安希子は、記憶がなくなるまでに飲んで帰り、リビングで寝入ってしまった彼女に対しても、サザポンはいつもと変わらずに接し、優しく毛布を掛けてあげるのだった。
 ある日突然、梱包のアルバイト先で、安希子は景子から結婚の知らせを受ける。さっそくヒカリとともに景子の家を訪れ、新郎を紹介してもらう。そこにいたのは、気が利いて優しそうではあったが、お世辞にも二枚目とはいえない小太りの男性。かつてアイドルとして活躍し景子とは不釣り合いな印象だ。安希子もヒカリも言葉には出さないが、雰囲気的に「妥協」という空気が流れる。さらに言えば、景子は結婚に“逃げた”ということもできる状況だ。
 なぜそう言えるのか、その後、2人の帰り道に景子も加わり、「幸せになりたい!」と絶叫する安希子。そこにヒカリも乗り、なぜか幸せいっぱいのハズの景子も同じ言葉を叫ぶのだ。安希子らに「景子は幸せでしょ?」と突っ込まれるが、それでも景子は構わずに叫び続ける。女性にとって「幸せ」とは何なのかを考えさせるようなシーンだ。
 サザポンとの共同生活の間に、安希子は29歳を迎える。いよいよ“アラサー”突入だ。友人2人はケーキで祝ってくれるが、安希子の思いは複雑だ。
 進まない筆、進み続ける時間…。焦るばかりの安希子を、サザポンは軽井沢の別荘へと連れ出す。そこでサザポンは、何を語るわけではないのだが、安希子は徐々に自然体を取り戻していく。
 ある日、安希子がサザポンに問いかける。「死にたいと思ったことはありますか?」
 サザポンは「あるよ」と告げ、ある過去を語り出す。安希子は、サザポンの若かりし頃に撮った、真っ赤なスポーツカーとともに写った写真を目にしており、独身貴族を謳歌していたと思い込んでいたのだが、それが間違いだったことを知る。それと同時に、それがどんなぜいたく品であったとしても、物質的なものでは埋められない心の中に空いた穴を感じ取ることになる。
 「遠い親戚のお嬢さんを預かっているような感じ」と語り、まるで仙人のようなサザポンだが、元々の性格に加えて、過去の辛い経験を経て、現在の姿となったのだ。サザポンの半生を知った安希子は、ある決断をする。サザポンとの生活を私小説として発表したのだ。
 これがバズり、サザポンの存在もネット界隈を賑わせ、Xのトレンド上位になるまでの有名人となる。安希子は、そのスマホ画面を見せるのだが、当のサザポンは興味などなさそうに「ふ~ん」とだけ生返事を返し、テレビに視線を戻す。サザポンとは、そういう人物なのだ。
 再び精神科を訪れる安希子に、医師の大熊は「話し方がゆっくりになりましたね」という言葉をかける。いかに以前の安希子が生き急いでいたのかを示すシーンだ。
 「全財産10万円」からV字回復し、預金残高の桁も1つ増えたことで、サザポン宅への居候から脱却し、一人暮らし生活に戻る安希子。去ってゆく安希子に対しても、名残惜しさなどまるでないような、相変わらずのマイペースで接するサザポン。
 作中で説明されている通り、「この話はおっさんとの同居話でなく、女の子の他者による再生の話」という言葉に噓偽りはなく、安希子を演じた深川麻衣のやさぐれ感がピタリとはまっている。もう1人の主役・サザポン役の井浦新はモデル出身で、若かりし頃は二枚目俳優として活躍し、現在では悪役など多彩な役柄をこなす実力を発揮。本作でも、どこにでもいそうなオッサンを自然体で演じている。
 2人の主人公の好演によって、笑えて泣けて、最後には心がほっこりする物語に仕上がっている。そして、観終わった後で、これが実話だったことを思い出し、二度驚かされる作品でもある。
<評価>★★★★☆
<公式サイト>https://tsundoru-movie.jp/
<公式X>https://twitter.com/tsundoru_movie
<公式Instagram>https://www.instagram.com/tsundoru_movie/
<監督>穐山茉由
<脚本>坪田文
<製作>竹澤浩、繁田光平
<企画>宇田川寧
<プロデューサー>金山、田口雄介
<音楽プロデューサー>杉田寿宏
<ラインプロデューサー>高橋輝光
<アシスタントプロデューサー>天野朋美
<撮影>猪本雅三
<照明>山本浩資
<録音>原川慎平
<美術>中川理仁
<装飾>吉村昌悟
<スタイリスト>阿部公美
<ヘアメイク>藤原玲子
<音響効果>大塚智子
<VFXディレクター>佐藤一輝
<編集>野本稔
<音楽>Babi
<監督補>塩崎遵
<制作担当>田口大地
<原作>大木亜希子「人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした」(祥伝社) https://www.shodensha.co.jp/ossan/
<主題歌>ねぐせ。「サンデイモーニング」 https://neguse.jp/2023/10/10/%E3%80%8C%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A4%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%80%8D/
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