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【映画レビュー】「翔んで埼玉 琵琶湖より愛をこめて」(2023 日本) [映画]

【映画レビュー】「翔んで埼玉 琵琶湖より愛をこめて」(2023 日本)
 かつて、筆者が育った東北6県の各ラジオ局で放送されていた「我が町バンザイ」という番組があった。自分の住む県や町を自慢し、他の地域より優れている面をアピールするという内容だった。当初、都会自慢や田舎自慢といったものだったが、徐々にエスカレートし、県同士の“抗争”にまで発展。本来の「おらが町の自慢話」というコンセプトが消え失せ、短命に終わった伝説(?)の番組だ。筆者も投稿し、番組に採用され、ノベルティグッズをもらった経験がある。
 地域ディスりを話題とするのは、古今東西問わず楽しいものだ。しかし、一歩間違えれば“差別”となってしまう。そのギリギリの線で他地域をコケにするにはテクニックが必要なのだ。本作の原作漫画の作者・魔夜峰央は、1982年にアニメ化された『パタリロ!』などで広く知られている一流漫画家。そんな彼が“地域ディスり”の視点で、当時住んでいた埼玉県を自虐的に、そして笑いに昇華して描いた作品が『翔んで埼玉』だ。
魔夜自身は新潟県出身で、埼玉県人ではない。だからこそ第三者的視点で、「埼玉が東京からどう見られているか」に敏感になったのではないだろうか。魔夜は連載当時、当時の自分を「錯乱していた」と語っている。それほどまでに、本作の世界観は常軌を逸したものだった。
 蔑まれ続ける埼玉を面白おかしく描いた魔夜だが、実は原作漫画は、たった3話しか連載されていない。その事実だけでも映画化されたことは“奇跡”といえ、さらにその作品が37.6億円もの興行収入を叩き出したことも“奇跡”だ。そして、その続編が製作されたこともそうだろう。
 当初、続編製作には困難が付きまとった。当初、麻実麗役の主演・GACKTが出演に乗り気ではなく、そうこうしているうちにGACKT自身が病床に伏すなど、アクシデントもあった。
しかし、東映はじめ、製作陣はあきらめることなく、壇ノ浦百美役の二階堂ふみなど、他のキャスティングを進める。そして、復帰したGACKTに再度アタック。GACKT自身「その時には既に外堀を埋められていた」と語るように、着々と準備を進めていたスタッフのファインプレーだろう。
 本作もまた、さいたま市役所の職員・内田智治(アキラ100%)が、妻の内田直子(和久井映見)と、身重の娘・若月依希(朝日奈央)を連れ、地区対抗の綱引き大会が行われる酷暑の熊谷に向かう車中で、NACK5から流れる“都市伝説”という形でストーリーが紡がれている。
 その埼玉でも、問題が起きていた。綱引き大会で、仮に決勝が「浦和vs大宮」の対決となれば、県を二分する戦いとなることは明白。その組み合わせだけは避けるべく、内田ら運営側は奔走。しかし、あるチームに力士を大量投入したものの、熱中症で倒れてしまう始末だ。
 片や、「日本埼玉化計画」を推し進めようとする麗と百美は、「埼玉の横のつながりを作りたい」と武蔵野線の敷設を提案するが、東京とつながるJR、西武、東武といった鉄道各社は否定的な姿勢を崩さない。百美には「乗り換えなしで東京ネズミーランドに行く」という夢もあった。
そんな中、東京の方ばかりに目が行き、バラバラになった埼玉県人の心を一つにするため、麗は「埼玉に海を作る」という突拍子もない提案をする。
 そして、美しい白浜の砂を求めて、壮絶な船旅の末、和歌山へと行き着く。そこで麗の一行は、信じられない光景を目にする。和歌山県人が、かつての埼玉県人、いやそれ以上の酷い迫害を受けていたのだ。関西の地は、大阪府知事の嘉祥寺晃(片岡愛之助)、さらには神戸市長(藤原紀香)、京都市長(川崎麻世)の手によって牛耳られていたのだ。ちなみに片岡は大阪府堺市出身、片岡の妻である紀香は兵庫県西宮市出身、川崎麻世も京都市生まれだ。それぞれが役を通じて、“故郷へ錦を飾る”形となる、この上ないキャスティングだ。
 大阪ネタ以外にも、紀香演じる神戸市長の“お高くとまった”感じや、麻世演じる京都市長が「洛外は京都じゃない」と言い放ったり、「建前と本音が違う」ことを専用翻訳機で解読することなどで“京都あるある”を表現している点も見逃せないポイントだ。
 麗は白浜の海岸で、ある女性と出会う。同じく迫害を受ける滋賀県人たちを導き、通行手形撤廃に動いている「滋賀のオスカル」こと桔梗魁(杏)だ。白浜は大阪府民専用のリゾート地とされ、和歌山県人はそこで強制労働させられていた。さらに滋賀県人、和歌山県人のみならず、奈良県人も迫害の対象とされ、非人道的な扱いを受けていたのだ。
 紀州の梅干を鼻に詰められる和歌山県人、吊るされた鹿せんべいを食べさせられる奈良県人、信楽焼のたぬきの置物を目隠しして割ることを強要される滋賀県人など、名産品を使って、地獄のような辱めを受け、大阪人はそれを「県人ショー」と称した見世物として楽しんでいた。
 一方で、和歌山解放戦線のリーダーである姫君(トミコ・クレア)も囚われの身となっていた。
 居場所がバレた魁は麗を連れ、命からがら滋賀へと戻る。そこで麗はある看板を目にする、それは「とび太くん」と呼ばれる、交通安全のため「飛び出し注意」を啓発する目的で設置されたもので、魁によれば、滋賀県の人口よりも多いという。単なる、子どもが道路に飛び出す絵柄の看板なのだが、これが後に、大阪・神戸・京都連合軍との全面戦争に、大いに“戦力”となるのだ。
 麗は、嘉祥寺に囚われ甲子園球場の地下にある牢に入れられた仲間の救出に向かうが、麗もまた囚われてしまう。
 「甲子園球場は西宮では?」というツッコミはさておき、その描写には思わずニヤリとさせられる。電光掲示板設置前と思われ、廊下に「掛布」「岡田」「バース」「真弓」と書いた掲示板がさりげなく置いてあるのだ。
 そしてその奥にある牢では、埼玉解放戦線のメンバーである下川信男(加藤諒)が“大阪人化”していた。
タコ焼きやお好み焼きなど、大阪グルメの代表格「粉もん」に、“大阪中毒”になる成分が入った白い粉を混入させ、徐々に「粉もん」に病みつきになり、重症化すると大阪名物の豚まん「551」が食べたくて仕方がなくなるという第1形態から、ツッコミをせずにいられなくなる第3形態、そして「パチパチパンチ」や「乳首ドリル」という吉本のギャグをせずにいられなくなる第5形態、果てはお腹に吸引器を付けられ、それで出来た「タコ焼きスタンプ」が3つ溜まると「大阪化完成」となってしまうのだ。
 下川らは自らを犠牲に、麗を脱出させ、麗は桔梗と手を組み、嘉祥寺の悪事に対抗し、和歌山、奈良をも引き込み、滋賀県人の解放を求め、嘉祥寺に戦いを挑む。
 その手法として、麗は「琵琶湖の水をせき止める」という手に出る。淀川を渇水させることによって、白い粉を生み出す植物を枯らす作戦だが、それは同時に、滋賀県が水没するという大きな犠牲をも覚悟しなければならなかった。
 当然ながら、反発する農民たち。しかし、麗や桔梗、他の迫害を受ける人々の思いを知り、作戦は決行される。
 軍勢では圧倒的に弱い。そこで兵士の少なさをカバーし、多く見せるために登場したのが、前述の「とび太くん」だ。敵軍は、まんまと騙され、攻勢の足が止まる。
しかし、この籠城戦も限界があり、敵軍が一気に彦根城に攻め込んでくる。バラバラに壊される「とび太くん」、湖底に沈んだ街…。戦いはなぜか、有名人対決に移り、それぞれが出身の芸能人を次々と写真やイラスト、コレオグラフィーで登場させるという思わぬ展開を見せる。
 そしてついに嘉祥寺は、東京へ向け、白い粉を積んだロケットを発射する。そのロケットの正体は、大阪のランドマークとされるあの建物。ここが本作最大の見せ場だ。
 対する埼玉解放戦線は、知る人ぞ知る、あるタワーを発射させ、大阪側からのロケットを迎撃し、見事に撃墜。嘉祥寺の野望は失敗に終わる。
嘉祥寺を野望に走らせたきっかけは「都構想」に失敗した腹いせなのだという。どこかで聞いたような話だ。本作は、嘉祥寺という横暴キャラを通じて、大阪から全国へと勢力を広げつつある某右派政党の下品さを風刺しているのだと感じたのは、筆者の思い込みだろうか。
 場面は現代パートへと戻る。ラジオから流れた、その物語に感動する直美をヨソに、綱引き大会は思わぬ展開を見せ、最も懸念していた「浦和vs大宮」の決勝戦が実現してしまう。ここでもし、どちらかに凱歌が揚がれば、再び埼玉は分裂の危機を迎えてしまう。ここで内田が一案を講じる。ロープの真ん中をマジックで黒く染め、そこに ペットボトルを使って集光し、ロープを徐々に焼き切る作戦だ。決着が着きそうな瞬間、ロープは切れ、「引き分け」に終わり、内田ら役所側とすれば、結果オーライとなる。
 この綱引きシーン、浦和チームには、浦和レッズの元FW・水内猛が、そして大宮チームには、大宮アルディージャの元DF・塚本泰史が出演している点も見どころの一つだ。現在ではカテゴリーは違えども、「浦和vs大宮」のライバル関係を可視化するにはもってこいのキャスティングだ。
 さらに依希が、綱引き大会の場で産気づき、男児を出産する。勢いでその赤子に「とび太」と名付けられそうになり、依希は猛烈に拒否する。
そして、この物語を知った鉄道各社も心を動かされ、結束を固め、埼玉県人の悲願だった武蔵野線を開通させるシーンで物語は終わる。
 メガホンを取ったのは、『のだめカンタービレ 最終楽章』(前編:2009年、後編:2010年)、『テルマエ・ロマエ』(第1作:2012年、第2作:2014年)など、笑いをドラマに盛り込み、数多くのヒット作を世に放った武内英樹監督。前回よりスケールアップさせた世界観を形にしたことは“さすが”と感じざるを得ない。
 「壮大な茶番劇」という謳い文句には嘘はなく、実にくだらない物語だった。しかし、その「くだらない」という言葉は、本作に対する最大の褒め言葉だ。
そこにはどの県にも、他地域から見ればネガティブな面がある一方で、それすらも笑えてしまうほどの郷土愛が存在することに気付かせてくれるストーリーだからだろう。
 エンドロールにも注目だ。今回もはなわが主題歌を担当しているが、その歌詞は郷土愛に溢れるものであり、さらに、ミルクボーイの漫才も差し込まれている念の入れようだ。
おそらくは本作も、1作目ほどのヒット作となるだろう。そこで期待されるのは、さらなる続編だ。埼玉を中心とした“首都圏編”、滋賀を中心とした“関西編”ときたら、日本中を巻き込んだ“全国編”を期待せずにはいられないのだ。
 気が早いと思われるのも承知だが、“ウチの地方でやってくれ”といった逆オファーも、原作者の魔夜に届く可能性もある。本作によって埼玉が脚光を浴び、県のPRにも一役買うなどの効果を生んだ事実がある。作品を通じて町おこしを考える自治体が出てきても不自然ではないのだ。
 現在の日本の地方都市の現実は、駅周りの繫華街は廃れ、郊外のショッピングモールにしか若い人が集まらないといった画一的な街ばかりだ。このような現状下で「郷土愛」が生まれにくくなってきている。
だからこそ、このような作品が必要なのだ。この作品がヒットしている限り、日本の地方都市もまだ捨てたものではないことの証明でもある。武内監督と二階堂ふみは、今一度、謝罪行脚しなければならなくなるだろうが、是非とも3作目に挑んでほしいものだ。
<評価>★★★★☆
<公式サイト>https://www.tondesaitama.com/
<公式X>https://twitter.com/m_tondesaitama
<公式TikTok>https://www.tiktok.com/@m_tondesaitama
<監督>武内英樹
<脚本>徳永友一
<製作>大多亮、吉村文雄、川原泰博
<プロデューサー>若松央樹、古郡真也
<撮影>谷川創平
<照明>李家俊理
<録音>金杉貴史
<美術>あべ木陽次
<美術プロデューサー>三竹寛典
<アートコーディネーター>森田誠之
<装飾>竹原丈二
<人物デザイン監修・衣装デザイン>柘植伊佐夫
<衣装>大友洸介
<ヘアメイク>塚原ひろの、タナベコウタ、千葉友子
<VFXスーパーバイザー>長崎悠
<VFXプロデューサー>赤羽智史
<ミュージックエディター>小西善行
<スーパーバイジングサウンドエディター>伊東晃
<編集>河村信二
<音楽>Face 2 fAKE
<監督補>楢木野礼
<記録>赤星元子、松村陽子
<スケジュール>尾崎隼樹
<制作担当>武田旭弘、辻智
<アソシエイトプロデューサー>加藤達也
<ラインプロデューサー>齋藤健志
<原作>魔夜峰央「小説 翔んで埼玉~琵琶湖より愛をこめて~」 https://tkj.jp/book/?cd=TD048943
<主題歌>はなわ「ニュー咲きほこれ埼玉」(Victor Entertainment) https://www.jvcmusic.co.jp/-/Discography/A025759/VE3WT-10530.html
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  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2023/11/04
  • メディア: 単行本






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