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【映画レビュー】「マリウポリの20日間」(原題「20 Days in Mariupol」/2023 ウクライナ・アメリカ) [映画]

【映画レビュー】「マリウポリの20日間」(原題「20 Days in Mariupol」/2023 ウクライナ・アメリカ)
 とにかく衝撃的な映像の連続だった。
 本作は、2022年2月24日、プーチン大統領曰く、「自衛のための特別軍事作戦」と称したウクライナへの侵攻が始まり、その最前線となった、人口約45万人の工業都市・マリウポリに攻撃を開始。その報を知り、ウクライナ人にしてAP通信のジャーナリスト、ミスティスラフ・チェルノフをはじめとする取材班が、その凄惨な状況を克明にカメラに収めたドキュメンタリー作品だ。
 ほどんどのメディアがウクライナから脱出する中、ロシア軍による侵攻開始当初の混乱ぶり、そして猛烈な攻撃を受け、街が破壊され、住民は逃げ場を失い、食糧などの物流はもちろん、電気、水道、ガス、ネット回線も遮断され、孤立していく中での市民の焦燥や怒り、悲しみ、さらに重傷を負った人々が次々と運び込まれてくる病院の惨状を克明に記録している。
 我々日本に住まう者が当初、目にしていた映像は、あくまで安全と思われる場所から遠隔操作の無人カメラで撮影したと思われるものだが、チェルノフらはあくまでマリウポリ市民、そしてウクライナ軍の兵士、混乱を極める病院で働く医療関係者と同じ目線に立つことにこだわり、いつ爆撃の標的になるかも分からない状況の中、命懸けで取材を続け、マリウポリでの現実を世界に発信した映像で、その結果として2024年のアカデミー賞では「長編ドキュメンタリー賞」を受賞した。
 そんなチェルノフだが、初めから全てのマリウポリ市民から受け入れられていたわけではない。修羅場と化した病院内での撮影は、「この現実を世界に広めてくれ」と、概ね協力的だった一方で、街中での撮影に臨むと、嘆き悲しむ市民がいたかと思えば、撮影クルーに毒づき、罵る者もいる。その様子は、突然の戦禍によって我を失ったかのようにも見える。
 しかしチェルノフは何を言われようが言い返したりはしない。むしろ、心身共に傷付いた市民にとことん寄り添おうとする。わずか20日間の取材期間ではあったが、その間、チェルノフたちは間違いなく「マリウポリ市民」だったのだ。
 マリウポリから逃げ遅れた人々は、行く当てもなく建物の地下や体育館、スポーツジムを仮の避難所とし身を隠す。ロシア軍は、一般市民は攻撃しないとされていたが、そんな建前は全くの嘘。住宅や病院にも容赦なくミサイル攻撃し、街には死体の山が積み上がっていく。
 この中には、チェルノフの取材を受け、交流があった人物もいた。チェルノフとて感情のある一人の人間。心穏やかでいられるはずはなかったはずだ。それでも彼は淡々と、自身の使命をこなしていく。
 取材を重ねる中、状況は悪化の一途を辿っていく。インフラのみならず、攻撃は病院や消防署にまで及び、ついには破壊された店から商品を略奪する不届き者まで現れる。街への攻撃は、建物など物理的なものだけではなく、市民の心まで壊していたのだ。
 死体安置所のスペースもなくなり、大きな溝状の穴を掘って、袋詰めされた遺体が次々と投げ込まれる。まるでゴミを埋め立てるようなその扱いに、戦慄を覚えざるを得ない。
 ロシア軍の攻撃はついに、唯一残った産婦人科病院をも標的とする。妊婦や生まれたばかりの乳児も犠牲となるが、何とか攻撃から免れた妊婦が、外科の手術室でお産に臨む。取り出した赤ちゃんは泣き声を出さず、暗澹とした空気が流れるが、医師らが必死に赤ちゃんの体をさすると、元気な泣き声を発し、それと同時に医療スタッフは安堵の思いと感激から、母親ともども涙する。
 数え切れないほどの「死」を描いた中で、唯一、「生」を感じさせるこのシーンには、思わず心を揺さぶられる。
 命懸けの取材を重ね、映像を脆弱なネット回線で編集局に送信していたチェルノフ。当然、世界中でその衝撃的な映像が報じられるが、ロシアメディアは「フェイクニュース」として報じる。このシーンについては、怒りを通り越して、憐みを含んだ嘲笑しかない。そして同時に、「ロシア人に生まれなくて良かった」と強く感じ、プロバガンダの恐ろしさを見せつけられる。
 この作中で、プーチンとゼレンスキーの両大統領は、それぞれ1度しか登場しない。それもニュース映像のシーンを映し出したに過ぎない。戦況がどうなっているかも分からないまま、その戦争の中心にいるチェルノフや、マリウポリ市民にとっては、両国の政治的駆け引きなど、どうでもいいことであり、人道回廊を設ける話すら全く前に進まない現状に、不信感ばかりが募っているのだ。
 マリウポリでの取材活動から20日、チェルノフらAP通信の取材クルーは、ついに街を後にする決意をする。しかし街はすでにロシア軍に包囲されており、国境を越えるのも命懸けだ。赤十字が作った車の隊列に紛れ、撮影機材や取材映像を隠しながらの脱出劇だった。
 その時、チェルノフの思いは想像するしかないが、市民を残してマリウポリを出ることに、葛藤があったはずだ。
 しかし同時に彼はジャーナリストであり、家庭に戻れば父親でもある。その使命を十二分に果たした彼の勇気は、称賛に値するだろう。
 97分という上映時間が長く感じる作品だった。それは退屈だったということではなく、あまりにも過酷な現実を見せ付けられ、辛くなってくるからだ。戦争となると、女性や子どもが真っ先に犠牲となる。話としては理解しているつもりでも、そんな常識を見える形で示されると精神的に堪えるのだ。特に、血みどろになったまま死んでいく子どものシーンにはショックを受けた。
 想像していた以上に衝撃的なドキュメンタリーであり、同時に、これが「戦争」なんだと思い知らされた。開戦からわずか20日の間に、これだけの出来事が起き、マリウポリは、チェルノフらが脱出した直後に陥落。そして、ロシア軍のウクライナ侵略戦争は2年経った現在も続いている。その凄惨さから、見るにはある程度の覚悟が必要な作品ではあるが、“現在進行形”の出来事を描いているという点で、世界での高い評価も納得できる作品といえるだろう。
<評価>★★★☆☆
<公式サイト>https://synca.jp/20daysmariupol/
<公式X>https://twitter.com/SYNCACreations
<公式Instagram>https://www.instagram.com/synca_creations/
<公式Facebook>https://www.facebook.com/SYNCACreations
<監督・脚本・撮影>ミスティスラフ・チェルノフ
<製作>ミスティスラフ・チェルノフ、ミッチェル・マイズナー、ラニー・アロンソン=ラス、ダール・マクラッデン
<編集>ミッチェル・マイズナー
<音楽>ジョーダン・ダイクストラ
<スチール撮影>エフゲニー・マロレトカ
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「実録 マリウポリの20日間」前編

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  • 出版社/メーカー:
  • 発売日: 2024/04/11
  • メディア: Prime Video






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