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【映画レビュー】「世界が引き裂かれる時」(原題「Klondike」/2023 ウクライナ・トルコ) [映画]

【映画レビュー】「世界が引き裂かれる時」(原題「Klondike」/2023 ウクライナ・トルコ)
 「ロシアによるウクライナ侵略はいつ始まったのか」という問いに対し、「2022年2月」と答える人がほとんどであろう。筆者もその一人だった。この実話に基づいた作品を見るまでは…。
 時は2014年にさかのぼる。ロシア国境に近いウクライナ・ドネツク州の小さな村。一見、のどかな風景が広がる田舎町なのだが、その住民も親ロシア派と反ロシア派に分かれ、対立し、その争いに、出産間近の妻・イルカ(オクサナ・チャルカシナ)とその夫・トリク(セルゲイ・シャドリン)が巻き込まれていく。
 ある日、爆撃の衝撃で、家の壁に大きな穴が開き、2人の平穏な日常は一変。夫婦は壁の修復に取り掛かるが、親ロシア派と反ロシア派の対立は、友人関係や家族関係まで壊し、衣食住すら、ままならない状態に陥る。
そんな事情に加え、ロシア軍の地対空ミサイルによって、アムステルダム発クアラルンプール行きのマレーシア航空の民間機が撃墜され、乗客乗員298人が全員死亡するという痛ましい事件が起きる。
 しかし航空機が撃墜された事実だけしか知らされず、その裏に何があるのかまったく知らされない住民たちは、互いに疑心暗鬼を生むことに繋がる。
 機体の残骸に群がるように軍や警察が押し寄せる。そして、オランダからは娘の生存を信じてやまない老夫婦に道案内を頼まれる2人…。生存している可能性など限りなく低いにもかかわらず、「私には分かる。彼女は生きている」と言い張る母の姿が痛々しいまでに、胸に迫る。
 そもそも航空機はなぜ墜落したのか。なぜ、ロシアにもウクライナにも関係ないマレーシア機が攻撃にターゲットになり、何の罪もないオランダ人をはじめとする外国人が犠牲にならなければならなかったのか…。
作品を通して、一貫して描かれているのは、トリクを含め、登場する男たちの“女々しさ”だ。
 戦時体制で、物資の確保にも事欠く事態をよそに、国家に対する“忠誠”や“思想”などといった些末なものに拘泥し、人間関係を複雑なものにし、結果、自らの首を絞めている様子には、イライラするほど愚かに映る。
 一方、何ら正確な情報が得られない中で、運命に翻弄されながらも毅然と振る舞うイルカの姿には、間もなく母親になろうとする女性の底知れぬ強さ、たくましさを感じ取ることができる。
最終盤に描かれているのは、深まる民族間の衝突と差し迫ってくる戦争の緊迫感だ。後に現実となってしまうロシアのウクライナ侵攻を予見させる絶望的なラストシーンとなっている。
 そんな悲惨な状態の中で、たった独りで子どもを産み落とすイルカ。彼女の壮絶なまでに痛ましい姿で、本作は締めくくられている。そのシーンはかろうじて、未来へのかすかな希望を持たせるものでもある。
本作が長編5作目となるウクライナ人女性監督マリナ・エル・ゴルバチ監督は、長回しや遠近法を数多く用い、ワンカットで美しい自然と悲惨な爆撃現場や死体を同時にカメラに収め、すぐそばに「死」が待ち受ける逃げ場のない閉塞感を醸し出している。
 そして、ポスタービジュアルには「私はこの狂気の世界で生きていく」というコピーと共に、出産を控えるイルカの姿と、爆撃によって大きな穴が空いた家が写し出されている。
 つまり、イルカをはじめ、ドネツク州に住まうウクライナの人々は、この狂った世界を生き続け、2022年2月に始まったロシア軍の侵攻によって、またも人生を狂わされ続けているのだ。
 ロシアのウクライナ侵攻は、終息する気配すら見えない。爆撃や民間人殺害のニュースが毎日のように伝えられるうちに、それが日常になってしまい、麻痺している自分に気付く。
 おそらくは、戦闘の現場では、日本人には想像もできないような過酷な現実があるのだろう。そして、その前段階として、同作に描かれているような現実があったことを、我々は知っておかなければならないのだ。
<評価>★★★★☆
<公式サイト>https://www.unpfilm.com/sekaiga/#
<公式Twitter>https://twitter.com/sekaiga2023
<アンプラグド公式Facebook>https://www.facebook.com/unpfilm.inc
<アンプラグド公式Instagram>https://www.instagram.com/unplugged_movie/
<監督・脚本>マリナ・エル・ゴルバチ
<製作>マリナ・エル・ゴルバチ、メフメット・バハディール・エル、スベトスラフ・ブラコブスキー
<撮影>スベトスラフ・ブラコフスキー
<音楽>ズビアド・ムゲブリー
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