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【映画レビュー】「生きる LIVING」(原題「Living」/2022 イギリス) [映画]

【映画レビュー】「生きる LIVING」(原題「Living」/2022 イギリス)
 実に70年も前、1952年に製作された黒澤明による監督・脚本の邦画の名作『生きる』を、当時のイギリスを舞台とし、ノーベル文学賞作家のカズオ・イシグロ(石黒一雄)の脚本の下、リメイクされた同作。
 堅物の主人公・ウィリアムズ(ビル・ナイ)はピン・ストライプの背広に身を包み、山高帽を目深に被った、絵に描いたような堅物の英国紳士だ。
 場面は、役所の市民課に配属された新入りのピーター(アレックス・シャープ)の初出勤のシーンから始まる。先輩たちと同じ車両に乗り込み、次の駅で、課長のウィリアムズも乗り込んでくるが、全く違う車両だ。その堅すぎる性格ゆえ、部下たちにも煙たがられているのだ。ウィリアムズ自身も、それを薄々感じており、部下と距離を置いている。
 職場でも黙々と事務作業をこなす仕事人間のウィリアムズ。家庭でも妻に先立たれ、息子夫婦にも相手にされずに孤独と虚しさを感じていた。
 そんな時、がんに侵され、余命いくばくもないことを知ったウィリアムズ。何を思ったのか。財産の半分の預金を下ろし、睡眠薬を大量に持って、役所を無断欠勤し、イギリス有数のリゾート地・ボーンマスへ向かう。そこで知り合ったサザーランド(トム・バーク)とともに、酒を飲んで、スコットランド民謡「ナナカマドの木」を歌い、バカ騒ぎするが、どこか満たされないでいた。
 さらに、役所に戻った彼は、転職していったかつての部下マーガレット(エイミー・ルー・ウッド)と再会する。とにかく前向きで明るい彼女と過ごす中で、彼女に自らの病を告白し、自分も背中を押される。父娘ほど年の離れた2人の“密会”は、たちまち近所の噂話になるが、ウィリアムズにとって、そんなことは些末な問題だ。彼にとっては肉体的のみならず、精神的にも“生きる”ことが最優先なのだから。
 ウィリアムズ以下、市民課にとっては、頭の痛い問題を抱えていた。下層階級の夫人たちから再三、公園建設の陳情を受けており、その陳情は、縦割り行政の弊害でたらい回しとなっていたのだ。
 市民課長のウィリアムズは、その陳情を一手に背負う形で部下と一丸となり、自ら先頭に立って問題の解決に動く。
 そして、簡単な遊具しかないものの、ウィリアムズはじめ、市民課の努力によって、公園は完成し、子どもたちの遊び場所となる。
 場面は変わり、ウィリアムズの葬儀のシーンとなる。そこで息子から若き部下ピーターに手紙が託される。そこには、役人としてキャリアをこれから積み上げようとしている彼への人生訓がしたためられていた。他の市民課のメンバーも、公園建設に携わったことで、仕事への向き合い方に変化を与えた。「人を残して死ぬのが上なり」と語った後藤新平の名言のように、ウィリアムズはピーターはじめ、公園建設に奔走した市民課のメンバーという「人」を遺したのだ。
 誰しも、若い頃は希望にあふれ、社会に貢献したいと思っているはず。しかし、徐々にそうした情熱は日々のルーティンと共に消え失せ、いつしか、組織の歯車になり果ててしまうのが世の常だろう。同作は、そうなる前に見ておくべき人生の教科書といえそうだ
 黒澤明が残した不朽の名作に敬意を表しつつ製作された同作は、ウィリアムズを演じるビル・ナイの存在感が圧倒的でありながらも、押し付けがましくないキャラクターに好感を持てる。
 黒澤明版の『生きる』は、143分という長尺作品だったが、同作は102分だ。しかしながら、押さえるべきプロセスは押さえられており、40分も端折った感じはしない。加えて、当時のイギリス社会に厳然として残っていた階級制度や、洋の東西を問わず存在する“お役所仕事”の現実をも描き切っている。
 アカデミー賞監督賞を受賞し「黒澤天皇」とまで呼ばれ、世界中にシンパがいる映画人が製作したオリジナルに、ノーベル賞を受賞したイシグロ氏の脚本によるリメイクという贅沢な作品だ。ラストシーンも含め、その名にふさわしい感動を覚える作品に仕上がっている。「“リメイク”とはかくあるべき」と強く感じる作品でもある。
<評価>★★★★★
<公式サイト>https://ikiru-living-movie.jp/
<公式Twitter>https://twitter.com/ikiru_living
<監督>オリバー・ハーマナス
<製作>スティーブン・ウーリー、エリザベス・カールセン
<製作総指揮>ノーマン・メリー、ピーター・ハンプデン、ショーン・ウィーラン、トーステン・シューマッハー、エマ・バーコフスキー、オリー・マッデン、ダニエル・バトセック、カズオ・イシグロ、ニック・パウエル
<原作>黒澤明「生きる」(1952)、橋本忍、小国英雄
<脚本>カズオ・イシグロ
<撮影>ジェイミー・D・ラムジー
<美術>ヘレン・スコット
<衣装>サンディ・パウエル
<編集>クリス・ワイアット
<音楽>エミリー・レビネイズ=ファルーシュ
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