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【映画レビュー】「その鼓動に耳をあてよ」(2024 日本) [映画]

【映画レビュー】「その鼓動に耳をあてよ」(2024 日本)
 本作は、愛知県名古屋市中村区、名古屋港近くにある名古屋掖済会(えきさいかい)病院の救命救急センターの内部を追ったドキュメンタリー作品だ。
 この病院は1948年に開院。開院当初から救急医療に注力し、1978年には交通事故や工場での事故による救急患者に対応するため、東海地方で初めての救命救急センター(ER)を開設。現在、診療科36科、病床数602床を有し、救急車の受け入れ台数は年間1万台と、愛知県内随一の規模を誇る。
 救急医15人、看護師・救命士30人が在籍し、開院当時からの信念である「断らない救急」を掲げ、24時間365日、動き続けており、他院から受け入れを断られた救急患者も受け入れる“最後の砦”だ。
 この病院には様々な患者が訪れる。ある日は耳に異物が入った女の子、飛び降り自殺を図った男性、精神薬をオーバードーズしたことにより意識を失った女性など次から次へと運び込まれ、患者を区別することなく、全ての初期診療を行っている。
 ストーリーは、36歳の救急医・蜂矢康二を中心に展開する。蜂矢は、名古屋大学工学部で情報工学を学んでいたが中退し、岐阜大学医学部へ入り直し、医者となった変わった経歴を持つ。遠回りした分、狭く深く診る特定の診療科ではなく、どんな患者でも診られるようになりたいと救急医を志望したという。
 そんな蜂矢だからこそ、症状の程度によって患者を選別するといった考え方は皆無だ。「肺ガンの人が肺炎で亡くなるのと、精神疾患の人が自殺をしてしまうのは、そんなに変わらない。肺ガンの人は助けるのに精神疾患の自殺を助けないというのはありえない」とも語る。
 そんな病院だからこその問題も抱える。会計せずに病院から逃げてしまう不届き者、無保険者で支払い能力のない者も運び込まれてくる。ファイルには、支払いの済んでいない大量の未払い請求書がビッシリと綴じ込んである。そのファイルを手に、救急科センター長の北川喜己は思わずボヤキを漏らす。
 そんな環境でも生き生きと働く研修医がいる。櫻木佑という若者だ。研修医は専修する科を決める前に2年間、様々な科を回る。「人気があるのは内科系。救急科は全然人気ないですよ」と蜂矢は話す。金銭面で問題のある患者にも対応しなければならない上に、助からずに絶命していく患者を目にすることも少なくないからだ。蜂矢からも「救急をやろうって人は珍しい、変わっている」と言われていたという。
 ドラマで登場するような医師に憧れて医者を目指した櫻木は救急科を好きだという。「安直かもしれないけど」と笑いながら「全身診られるし、単なる風邪から、足に釘が刺さったケガ、中には重症患者もいる。幅広く診られるのが楽しい」と語る。ドングリを鼻に詰めて取れなくなってしまった男の子が搬送されてきても、平常心で処置する姿は頼もしく映る。
 朝も夜もなく絶え間なく救急車がやってくる。「他の病院が断るので、ここで受けざるをえない」と夜勤明けの蜂矢が言う。「この地域から掖済会がなくなったら?どこかに第二の掖済会ができるんじゃないですか。そこが頑張る。さすがにやばいと思います。年間1万台どこに行くんですか?」。蜂矢は救急医療の現実を吐露しつつ、束の間の帰宅の途に就く。
 新型コロナで1か月もの間、意識不明で入院していた女性が、退院後の診察に訪れる。「必ず歩いて帰らせますと言われたので救われた」と女性は打ち明ける。肺にダメージは残ったものの、しっかり歩いて帰宅する彼女を見て治療にあたっていた医療チームは感慨深げだ。
 全国で救急搬送される高齢者の数は1982年の37万人から2021年には340万人と激増している。ある日運ばれてきたのは食べ物や飲み物が摂れなくなってしまった高齢者。認知症で寝たきりだったという。家族の強い希望で救急車が呼ばれたというが、蜂矢曰く「認知症で寝たきりでご飯が食べられなくなる……医学的には自然な経過なんですけど、納得されない家族は結構いる」。長年連れ添った老夫婦の突然の、しかしひっそりとした別れに付き添うこともある。
 蜂矢と櫻木が初めてお酒を交えて語り合う。蜂矢が櫻木の進路を尋ねると、櫻木は「救急科以外考えられない」と語る。浪人生時代、駅で倒れた男性を見つけ119番通報した経験のある櫻木。当時、「こういう時に対応できる医者ってかっこいい」と救急医療に抱いた憧れを語る。
 蜂矢は「究極の社会奉仕じゃない?」と笑うが、「救急の“なんでも診る”とは、年齢と病気の“なんでも”を診るという意味だと思っていたら、社会的な問題の“なんでも”まで含まれている」と語る。
 一方、救急医学の学会に出席した北川が、救急病院の減少と経営悪化、救急医の不足と労働時間の問題が議題に上げる。
 北川は「救急医は専門医より少し立場が下に見られる」と話す。「救急医は初期対応だけして各科に振り分けているだけ」「忙しいところに患者を押し付けてくる」と考える専門医もいると訴える。
「専門医と救急医との立場が平等になることが願いです。ずっとそれを目指しているが、なかなか難しい」と苦しそうに話す。
 そんな救命救急センターが、いよいよカオスと化す。2022年初めの、新型コロナの第6波だ。
 感染者数は日々、過去最多を更新し続ける。掖済会病院のERも病床に余裕がなくなっているが、蜂矢は「ここで踏ん張り切るのが自分たちのプライド」と、ギリギリまで受け入れると断言する。
 近隣の病院は閉院してしまったところもあり、10件以上断られているケースばかりだ。鳴りやまない電話、発熱や咳で動けなくなった患者で溢れ、ER内は大混乱する 。そこへ消防から、海に車ごと飛び込んだ男性の救急要請の連絡が入る。
 電話を取り、受け入れ可能かどうかを判断する医師も動揺を見せるほどの状況になっていた。騒然とするERに河野弘院長が激励にやってくる。
 まだ受け入れる余地はあるとスタッフたちを諭し、「このERが最後の砦だ」と念を押す。懸命に対応を続ける 救急医たちだが、集中治療室、救命救急室、一般病棟と次々に病床が埋まっていき、すべての病床が埋まってしまう。
 そこにさらに電話がかかってくる。ついに「他の病院にもあたってもらい、ダメならもう一度」と伝えるのが精一杯。それは「断らない救急」の限界を示していた。
 医学生向けのセッションに蜂矢が講師として参加する。救急科に興味を持つ医学生から「どこから手をつけていいか分からない患者が来た場合に、うまく対応できるようになるまでにどのくらい頑張ればいいのか」という質問を受ける。
 蜂矢は以前、櫻木に話したように、“なんでも”みる必要があるのは病気だけではなく患者の背景、人そのものの“なんでも”であることを伝え、1000の症例ほど経験すれば、病気も人も、ある程度分かってくると教える。
「これから救急科がどうなっていくのかは分からない。それを僕らが作っていく分野なので、一緒に頑張りましょう。(みなさんの)行く先がERだったら嬉しい」と笑顔で呼びかける。
 研修医たちと各科の医師たちが一堂に会する。研修医たちが現時点でのそれぞれの進路志望を発表するのだ。「誰が何を言うんだろうって、緊張する場です」と蜂矢が言う。一人ひとり壇上に上がった研修医たちの様子から、みなそれぞれがどの道の専門医になろうかと見極めている最中であることが伺える。櫻木の順番が来て、蜂矢が心配そうに見守る。そんな蜂矢の心配の裏腹に櫻木の発表は簡潔だった。「当院の救急科に残りたいと思っているので、これからもよろしくお願いします」。
 それを聞いた蜂矢やERのメンバーは、安堵の表情を見せる。そして今日も、ひっきりなしの救急車を受け入れる名古屋掖済会病院救命救急センターの日常は続く。
 片や、北川は病院初の救急医出身の院長に就任する。救急医療の未来にかすかな希望を示したエンディングだ。
 本作は一切の演出はおろか、ナレーションすらない“純度100%”のドキュメンタリー作品だ。東海テレビの撮影クルーが、慌ただしく動くER内部を克明にカメラに収め、そこで働く救急医や看護師・救命士の姿をありのままに映し出している。
 今では過去のことのように思えるコロナパニック。そこで指摘された救急医療の問題は、ウイルスとともに“なかった事”にされた感がある。しかし、この問題は解決されることなく、放置されたままだ。人々にとっては「思い出したくもない過去」かも知れないが、今だからこそ、もう一度立ち止まって、医療の問題を考えるきっかけとなる作品だ。
 ヤクザと人権問題に迫った『ヤクザと憲法』(2016)や、凋落するテレビの現場を探った『さよならテレビ』(2020)など、硬派なドキュメンタリー作品に携わった阿武野勝彦と土方宏史がプロデュースを務め、足立拓朗が初監督を務めた本作。
 この作品でも、阿武野と土方のコンビによって、目を背けがちな現実を露わにしている。当たり前の日常が、実は朝も夜もなく働く救急医によって支えられていることを知り、そんな彼らにありったけの賛辞を贈りたい。
<評価>★★★☆☆
<公式サイト>https://tokaidoc.com/kodo/
<公式X>https://twitter.com/tokaidocmovie?ref_src=twsrc%5Egoogle%7Ctwcamp%5Eserp%7Ctwgr%5Eauthor
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<監督>足立拓朗
<プロデューサー>阿武野勝彦、土方宏史
<撮影>村田敦崇
<音声>栗栖睦巳
<TK>清水雅子
<音響効果>宿野祐
<編集>高見順
<音楽>和田貴史
<音楽プロデューサー>岡田こずえ
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その鼓動に耳をあてよ#1

その鼓動に耳をあてよ#1

  • 出版社/メーカー: CRESCENTE
  • 発売日: 2024/01/16
  • メディア: MP3 ダウンロード






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