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【映画レビュー】「ヤジと民主主義 劇場拡大版」(2023 日本) [映画]

【映画レビュー】「ヤジと民主主義 劇場拡大版」(2023 日本)
 「日本の民主主義は正当に機能していると思いますか?」
 この問いに対し肯定的な有権者は、ほぼいないといっていいだろう。
 不幸なことに我が国には、自民党に対抗できる党勢を持つ政党がなく、政治不信を抱きながらも、国政選挙の投票率は下がり続け、本作の端緒となる令和初の国政選挙である2019年7月の参議院議員選挙では、選挙権が18歳に引き下げられたにも関わらず、48.8%という低投票率に終わっている。
 この選挙では結果的に自民党は議席を減らしている。連立を組む公明党の躍進のお陰で安定多数を維持できたものの、“安倍一強”と呼ばれた党勢も、いわゆる「モリカケ問題」や、アベノミクスの失速により陰りが見えてきたことで、次第にアンチ安倍の声も多く聞かれるようになってきた。
 そんな中で行われた選挙で、安倍首相(肩書きはすべて当時)は、日本津々浦々に応援演説に駆り出される。指定難病である潰瘍性大腸炎を抱える身であるにも関わらずだ。
 安倍氏は2017年の東京都議会議員選挙での応援演説で失言を放っている。「安倍辞めろ!」のコールが巻き起こると、その集団を指差し「こんな人たちに負けるわけにはいかない!」と、ヤジに対して「誹謗中傷」と断じたのだ。
 この出来事によって、国会議員も有権者も、政治の本質を見失っていく。「親・安倍VS反・安倍」という二極化が進み、国民の分断を生むことになっていく。
 そして7月15日、札幌で事件は起こる。ある男性が安倍の応援演説の最中、「安倍やめろ!」とヤジを飛ばす。その瞬間、北海道警の警察官が複数でその男性を取り囲み、力ずくで排除したのだ。
 時を同じくして、吃音を抱えながらも増税反対を訴えた若い女性も警察官に引きずられるように移動させられ、その後もしつこくつきまとわれた。この日、札幌では少なくとも9人が警察の手によって排除されたといわれている。
 この行動を問題視した市民や弁護士らが道警と北海道庁に抗議し、デモ行進にまで発展する。
 しかし道警は7か月にわたり説明を拒否し。2020年2月になって道警は「ヤジを排除したのは適正だった」と結論付ける。そして、両者の対立は法廷の場に持ち込まれる。
 本作の基となったのは、元北海道警の幹部にして裏金問題を追及し続けた原田宏二氏や刑法を専門とする大学教授などへのインタビューを通じ、ヤジ、そして排除した警察の行動についての正当性について法的根拠に基づいて検証。
 さらに、警察に排除された2人に加え、プラカードを掲げるために演説会場に来たものの、自身の主張をぶつけることすら叶わなかった老いた女性の考えを訴えた、2020年放送のHBC(北海道放送)のドキュメンタリー番組だ。
 数々の証拠映像に衝撃を受けた人々から多くの声が湧きあがり、番組は、ギャラクシー賞や「地方の時代」映像祭賞などの賞を受賞する。
 そして、排除された市民2人が原告として道警と北海道庁を訴えたことによって、書籍化を経て、さらに映画化されたのが本作だ。ドキュメンタリー番組として放送されたものよりも、市民から提供された証拠映像も増え、正味46分のドキュメンタリー番組からほぼ倍の100分の作品となっている。監督・制作・編集を務めたのはHBC報道部デスクの山崎裕侍だ。
 2022年3月の1審札幌地裁判決は、2人について表現の自由などの侵害を認め、計88万円の賠償を命じ、“完全勝利”といっていい判決内容だった。
 道警と北海道庁は控訴。そして2023年6月、2審札幌高裁判決では、「警察官の行為は適法だった」とし、請求を棄却する。原告の2人にとっては“逆転敗訴”となってしまう。
 なぜこのような判決が導かれたのか。2022年の7月8日、参議院議員選挙での応援演説中に安倍氏が銃撃され死亡した事件が発生したことが影響していると考えるのが自然だ。裁判長の大竹優子は、銃弾とヤジを同列に考えたのだ。憲法の根幹をなし、中学生が社会科の時間で習う「三権分立」をも脅かす判決といっていいだろう。
 ここで今一度、冒頭の問いに立ち返ってみたい。日本では民主主義など全くといっていいほど機能していないのだ。「自由民主党」とは名ばかりで、その中身は中国共産党や朝鮮労働党を大差ないのだというのが、筆者が受けた印象だ。
 この作品、北海道放送報道部道警「ヤジ排除問題取材班」が、4年間に渡り追及し続けた記録でもある。そして、双方が最高裁に上告したことによって、彼らは今でもこの問題を追い続けているのだ。
 最高裁でこの問題が審理されるのか棄却されるのかの結論が出るのは、山崎によれば2、3年後だという。そして、審理されたとしても、最終的な判決が出るのはさらに先となる。とてつもなく長い道のりだ。事実この間、元北海道警の原田氏は鬼籍に入っている。
 安倍氏を死に追いやった凶行は、その理由はどうあれ許されることではない。しかし、安倍氏とその周囲が、小さいながらも自身にとって不都合な声に耳を傾けようともしなかったことが、この結末を招いたとはいえないだろうか。国民の不満のガスが溜まり続け、ついには爆発を起こしてしまったのが、奈良での銃撃事件だと感じてしまうのだ。死人に鞭打つようだが、この事件の背景を知るに連れ、“因果応報”という印象を受ける。
 そして安倍氏は死してなお、自民党最大派閥の領袖として名を残す。そして、その「安倍派」の派閥幹部は今、政治資金パーティーを巡る裏金疑惑の中心にいる。
 民主党から政権を奪い返し、自身のリーダーシップにより、経済を安定させ、大震災からの復興を前進させた安倍氏の功績は大きい。そこは否定しようのない事実だ。しかしながら、安倍氏は“強くなり過ぎた”のだ。常に神輿の上に担ぎ上げられ、後に続く人材にも恵まれなかった点で、その最期には同情する面もある。
 この作品を見る人は、多少なりとも政治に関心のある人だろう。もちろん選挙にも行くはずだ。
 その反面、有権者の半数以上にも上る「選挙にも行かない人」にとって、本作の登場人物はどう映るのだろうか。一銭の得にもならないのに声を上げ、挙げ句、警察のご厄介になる“単なるイタイ人”に見えるのだろうか。もし既に、そんな世の中になっていたとすれば、この国に待っているのは絶望的な未来しかないと感じるのだ。
<評価>★★★★★
<公式サイト>https://yajimin.jp/
<公式X>https://twitter.com/yajimin1209
<監督・制作>山崎裕侍
<プロデューサー>山岡英二、磯田雄大、鈴木和彦
<取材>長沢祐
<撮影>大内孝哉、谷内翔哉、村田峰史
<編集>山崎裕侍、四倉悠策
<MAエンジニア>西岡俊明
<音楽>織田龍光
<語り>落合恵子
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ヤジと民主主義

ヤジと民主主義

  • 作者: 北海道放送報道部道警ヤジ排除問題取材班
  • 出版社/メーカー: ころから
  • 発売日: 2022/11/07
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)






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