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【映画レビュー】「ビヨンド・ユートピア 脱北」(原題「Beyond Utopia」/2023 アメリカ) [映画]

【映画レビュー】「ビヨンド・ユートピア 脱北」(原題「Beyond Utopia」/2023 アメリカ)
 本作は、死の覚悟を持ちながら脱北を試みた、ある家族の逃避行に密着したドキュメンタリー作品だ。
 そこには、一切の演出や再現ドラマもなく、家族、支援者、ブローカーなどの登場人物、隠し撮りした映像や写真のみによって製作された“完全ドキュメンタリー”ともいえる作品だ。
 まずは、本作に出演したロ一家と、命の危険にさらされながら旅を続けた撮影クルーの勇気を褒めたたえたい。
 韓国で脱北者を支援する活動を続け、これまで1000人以上の脱北者を支援してきた韓国のキム・ソンウン牧師。物語は彼を軸に進行していく。
 彼の携帯電話には、脱北を希望する人や、それを仲介するブローカーからの連絡が引っ切り無しに入る。
 本作では、幼児2人と老いた女性も含む5人家族のロ一家の脱北を手伝うことになる。ソンウンの指揮の下、各地に身を潜めながら散らばっている50人以上のブローカーとも連携し、まずは中国に渡り、そこからベトナム、ラオス、タイを経由して亡命先の韓国を目指す、移動距離1万2000キロメートルにもおよぶ決死の脱出作戦に密着している。
 撮影は製作陣のほかにも、地下に潜りながら活動する人々によって行われ、一部の登場人物の詳細は安全のため伏せられている。
 さらに、世界に北朝鮮の実態と伝え続ける脱北者の人権活動家イ・ヒョンソが自らの意思で捨てた故郷・北朝鮮への郷愁や離ればなれとなった友人への思いを語り、数多くの脱北者やその支援者、そして、『シティ・オブ・ジョイ 世界を変える真実の声』(2016)も手掛けた社会派の米国人監督マドレーヌ・ギャビンも登場。過酷な北朝鮮の実像に迫っている。
 一方、韓国へ亡命したソヨン・リーは、息子のチョンを呼び寄せようとブローカーと連絡を取り続けている。刑務所に収監された後に脱北した彼女は、もう何年も息子の顔を見ていない。ついに脱北決行の日が来るが、チョンは中国で消息を絶つ。しかしながら、そのブローカーは悪徳で、チョンを裏切り当局に通報、身柄を拘束されてしまう。最悪、彼は強制送還され、強制収容所行きとなる。それでもソヨンは希望を捨てず、いつか必ず息子と再会できる日を待ち続けるのだ。
 ソンウン牧師に率いられながら長い旅路を続ける家族の様子とともに描かれている北朝鮮の現実には驚愕させられる。まるでゴミのように打ち捨てられる餓死者、物心つく前から「アメリカ人は鬼畜」と教え込まれる子どもたち、さらに、金日成から金正日、金正恩と続く独裁世襲体制の下、人民に相互監視を推奨し、徹底して異分子を根絶やしにする恐怖政治を、一切の脚色なく暴いていく。
 ロ一家は、中国を縦断し、ベトナム、ラオスを経由してタイに向かう。ベトナムのジャングルを通ってラオスへと渡る命懸けの越境、道なき道を行き、体を傷だらけにしながら突き進む様は、子どもや老人にとってはあまりにも酷な状況だが、なぜそこまでの移動を強いられたのか。
 それは中国、ベトナム、ラオスは北朝鮮の友好国であり、脱北者と知られたら、拘束され、強制送還された挙げ句、その先に待つのは強制収容所での「死」のみであるからだ。
 物語の中で、ソンウン牧師の妻も登場し、夫婦の馴れ初めを語るなど、仲睦まじい姿を見せるのだが、実のところ、夫婦には想像を絶する不幸な過去があり、その出来事によって、ソンウン牧師が自らの身の危険を犯してまで人道的活動を続けるモチベーションに転化させていくことが分かる。
 脱北支援者達が用意したタイとの国境近くにあるラオスの“安全な家”に身を潜めるロ一家。ここで撮影クルーが一家にインタビューする。
 子どもの両親は、金正恩の圧政を批判する一方で、2人の子ども、そして母である老女は「我が指導者、金正恩同志は偉大な人です」と語るのだ。物理的には北朝鮮を離れたものの、その頭の中には変化が見られず、思わず娘が「お母さん嘘を吐かないで!本当のことを話して!」とたしなめられる。ここに、北朝鮮政府による長年のプロバガンダ教育の恐ろしさを見て取れる。
 ロ一家の脱北も大詰めを迎える。深夜のメコン川を渡ればタイに入国できる。タイであれば、強制送還の危険は消える。しかし、ブローカーが用意したボートは、少しでもバランスを崩せば転覆のリスクが高く、そのルートは麻薬密売にも使われるため、国境警備が厳しい。仮に捕まれば、それまでの苦労は水泡に帰す。それでもロ一家にとって、選択肢は1つしか用意されていない。何も見えない闇夜に、一家全員がボートにすし詰め状態で乗り込み、ついにタイの地に降り立つ。
 場面は変わり、一家はコロナ禍のソウルのアパートにいた。もし、一家が脱北する決断がわずかにでも遅かったら、パンデミックによる国境封鎖が進み、ソンウン牧師の計画も白紙となるところだった。そう考えれば、ソンウン牧師とロ一家の例は、幸運続きであったと考えられる。その裏では、脱北に失敗し、無残に殺された多くの命があったことを、我々は忘れてはならないだろう。
 楽園(ユートピア)はどこにあるのか…。そもそも、何をもって「楽園」とするのか…。鑑賞者に強く問いかける本作は、2023年のサンダンス映画祭で圧倒的な支持を得てUSドキュメンタリー部門観客賞を受賞。全米批評家サイトRotten Tomatoesのメーターは100%と圧倒的な高評価を記録し、米国の映画メディアや評論家の間では2023年のベストドキュメンタリーの呼び声が高い。
 北朝鮮の隣国である我が国においても、この問題を他山の石と見過ごすことはできないだろう。奇しくも、世界の情勢が不安定となる流れに乗じるように、北朝鮮は中国、ロシアとの結束を強めている。今後、日米韓に対し、さらなる挑発を仕掛けてくるかも知れない。そうなれば、拉致問題の解決など夢のまた夢となってしまう可能性が高い。
 本作が持つ意味は、我が国と米国では微妙に異なるとも感じる。米国人にとっては、遠く離れたアジアの小国での話であり、まずは「こんな状態で、なぜ国民は蜂起しないのか?」という感想を抱くだろう。
 片や我が国では、ある程度、北朝鮮がどんな国なのかを理解している。その上で本作を見れば、「あぁ、やっぱり…」という感情と、「想像以上に悲惨だ」という印象が同時に沸き上がる。
 本作はアメリカ映画だ。しかし、アメリカからの視点で描かれてはいない。淡々と事実のみを並べることで、全世界から「北朝鮮」という国と、「金一族による世襲・独裁政権」の異常性を詳らかにする試みだ。
 残念ながら、この作品が公開されたところで、北朝鮮に住む人々が目にすることはできない。しかし、あまりの圧政に苦しみ、思い入れのある生まれ故郷を捨て、命を賭して国を脱出する人が絶えない北朝鮮という国がある事実を世界中に知らしめることはできる。
 そういう意味では、一切の演出を排したフルドキュメントとしたギャビン監督の意図も理解できるのだ。
<評価>★★★★☆
<公式サイト>https://transformer.co.jp/m/beyondutopia/#
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<映画配給・宣伝 株式会社トランスフォーマー公式Instagram>https://www.instagram.com/transformer_inc/
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<監督・編集>マドレーヌ・ギャビン
<製作>ジャナ・エデルバウム、レイチェル・コーエン、スー・ミ・テリー
<製作総指揮>シャロン・チャン、マイケル・Y・チョウ
<音楽>アダム・テイラー、テイラー・ペイジ
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ビヨンド・ユートピア 脱北 声なき者たちの声

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