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【映画レビュー】「52ヘルツのクジラたち」(2024 日本) [映画]

【映画レビュー】「52ヘルツのクジラたち」(2024 日本)
 本作は、町田そのこによる初の長編小説にして、2021年の本屋大賞に輝いた「52ヘルツのクジラたち」を成島出監督のメガホンで映画化した作品だ。
 まずは、そのタイトルに気になるが、“52ヘルツのクジラ”とは、世界唯一の種ともいわれ、一般的な種とは違う高周波数で鳴くため、その存在を認識されないまま生きることを余儀なくされ、「世界でもっとも孤独なクジラ」といわれている。
 その神秘的な例えをタイトルに採用しているように、孤独な主人公、そして、そんな主人公に拾われた孤独な少年との出会いを中心に、介護や虐待、毒親によるDV、ジェンダー問題をも盛り込んだ、重厚なストーリーだ。
 物語は、主人公の女性・三島貴瑚(杉咲花)が大分県のとある海沿いの一戸建てに引っ越し、その家をリフォームしていた村中真帆(金子大地)との会話から始まる。真帆は、東京からいきなり田舎に越してきた貴瑚に好意も含め、興味がある様子だが、「貴瑚さんって、風俗嬢だったんですか?」という不躾な問いをぶつけた部下を叱る。しかし実は、真帆も似たような疑問を抱いており、その噂は既に、村中に広まっていた。
 時代は遡り、貴瑚の生い立ちや境遇に触れていく。貴瑚は、“毒母”の由紀(真飛聖)から義父の介護の一切を丸投げされていたため、働くこともできず、社会から断絶させられた。ある日、義父が食べ物を喉に詰まらせ、誤嚥性肺炎で救急搬送された際も、「殺そうとしただろ!」と吐き捨てられるほどの奴隷扱いを受けていたのだ。
 そんな彼女を救ったのは、自らも毒親に育てられた過去を持つ高校時代の友人・牧岡美晴(小野花梨)と、美晴の同僚で「アンさん」と呼ばれる岡田安吾(志尊淳)だった。
 美晴とアンさんが貴瑚を救うため、身を粉にして動き、家から連れ出す。2人の手引きで、家出に成功した貴瑚と3人で居酒屋に入り、門出を祝う。貴瑚はそこで人生で初めてビールを口にする。
 物流倉庫で梱包作業の仕事も始め、社会に出た貴瑚だったが、突然、2人の前から姿を消す。
 一方、行方不明となった貴瑚の居所を突き止め、押しかけてくる美晴。会社も退職し、貴瑚のサポートに徹することを伝える。
 この物語は、貴瑚が家を出てから、生きづらい社会や人間関係の難しさを知り、見ず知らずの土地に身を置くまでに何があったのかを描く回想録的なストーリーだ。
 貴瑚は、その土地で母親から「ムシ」と呼ばれ、DV被害の後遺症からか、話すことのできない少年(桑名桃李)と出会い、その母・品城琴美(西野七瀬)から匿う。琴美は既に、元カレとの子である自分の息子に興味はなく、ネグレクト状態で、風呂にも入れず、髪も伸ばしっぱなしだった。
 貴瑚は少年を風呂に入れようと衣服を脱がせるが、その体は傷だらけ。虐待があったのは明らかであり、母親の元に戻すことは命にかかわると確信し、警察や児童相談所への通報をしないことを決意。その思いを琴美にも伝えるが、散々悪態をつかれた挙げ句、別の男性とともに姿を消す。
 このシーンでは少年の体に傷があっただけではなく、貴瑚の腹部にも傷跡があることが分かる。その傷には彼女の人生に関わる重大な事件が関係していた。
 貴瑚は少年との交流を通し、かつて自分を救い出してくれたアンさんとの日々を思い起こしていく。片や、そのアンさんは独り、ホルモン注射を自らに打つ日々を送っていた。アンさんはトランスジェンダーだった。貴瑚とアンさんは互いに惹かれ合いながらも、恋仲になることがなかった理由はここにあったのだ。
 貴瑚が“52ヘルツのクジラ”の話をしていた際に、少年に名前を問うが、彼は、自らの名すら知らない。そこで「自由に名前を付けよう」ということになり、少年は貴瑚が紙に描いた「52」の部分に丸印を記す。名前とは程遠いものだが、おそらく人生で初めて自らの意思を示したであろうその行動に敬意を込め、その後、彼をそう呼ぶ。
 シーンは貴瑚が物流倉庫で働いていた頃の話に移る。職場での男性スタッフ同士のケンカに巻き込まれ、額を4針縫うケガをして入院した貴瑚を見舞った専務の新名主税(宮沢氷魚)から見初められ、交際が始まる。
 それまで住んでいた安アパートから、眺望の良いタワマンでの同棲生活が始まり、“玉の輿婚”も視野に入ってくる貴瑚。しかし主税は新名家の跡取り息子。結婚相手は社長である父に決められてしまう。
 それでも交際を続けようとした主税だったが、思わぬところから横ヤリが入る。主税に“愛人”がいることを、アンさんによって広く暴露されてしまったのだ。結果、結婚は破談となり、主税も専務の座から引きずり降ろされる。
 アンさんは当初から、主税との交際に警鐘を鳴らし、「必ず不幸になる」と告げ、主税から反感を買っていた。その時、アンさんはその理由を明かさなかったが、“女の勘”が働いたと考えれば合点が行く。そして、結果としてアンさんが案じていた通りになってしまったのだ。
 その後、主税はアンさんに復讐を目論む。アンさんの母・典子(余貴美子)をわざわざ故郷の長崎から呼び寄せ、男性として生き、変わり果てた息子の姿を目の当たりにさせたのだ。それだけでもショックを受けるアンさんだが、追い打ちをかけるかのように、トランスジェンダーを「障害」と断言する母に絶望する。探偵まで使って仕掛けた復讐劇は、主税の狙い以上の効果をもたらすが、その後の悲劇を招くまでの想像力を、主税は持ち合わせていなかった。
 汚い手を使って復讐を達成させたものの、大切な人を傷付けられた貴瑚は主税を責め、刃物を持ったままもみ合いのケンカになる。そして、さらなる悲劇が貴瑚を襲うのだった…。
 再び、舞台は貴瑚の自宅に移る。周囲の支えもあり、少年は笑顔を見せるまでに成長していた。海岸沿い
を歩いていると、豪快に潮を噴くクジラを目撃する。現地に長く住み、真帆と貴瑚の祖母の友人だった村中サチエ(倍賞美津子)によると、それは伝説のクジラで、サチエでさえも1度しか見たことがないという。それは、少年の問題が一段落するまでサポートを尽くした美晴が東京に戻る直前に起こった奇跡だった。
 そのタイトルに沿うようかのに、声なき声をSOSとして出し続けながらも誰にも届かない孤独を、様々な問題とともに描き切ったストーリーと、決してハッピーエンドとは言い難いラストによって、鑑賞者に多くの示唆を与え、考えさせる一作だ。
 主演の杉咲花は26歳の若さながら、『パーフェクトワールド 君といる奇跡』(2018年)、『青くて痛くて脆い』(2020年)といったラブストーリーから、『市子』(2023年)や本作では、不幸を身にまとった役柄まで自然に演じる幅の広さを披露している。
 また、2018年のNHKドラマ『女子的生活』でもトランスジェンダーの役を演じた志尊淳も、存在感たっぷりの演技を見せている。
 ストーリーも、本屋大賞を受賞しただけのことはあり、人間模様を丁寧に描き出し、社会に巣食う様々な問題を過不足なく盛り込んでいる。
 社会に生きる上でぶつかる身近な問題を描き、同時に人間の美しさと醜さの両面を映し出している本作。重いテーマであることは確かだが、これから社会の厳しさや、人々の冷酷さに向き合うであろう若い世代にこそ見てもらいたい一作だ。
<評価>★★★★☆
<公式サイト>https://gaga.ne.jp/52hz-movie/
<公式X>https://twitter.com/52hzwhale_movie
<公式Instagram>https://www.instagram.com/52hzwhale_movie/
<監督>成島出
<脚本>龍居由佳里
<脚本協力>渡辺直樹
<製作>依田巽、堤天心、今村俊昭、安部順一、奥村景二
<エグゼクティブプロデューサー>松下剛、東山健
<企画・プロデュース>横山和宏、小林智浩、坂井正徳
<共同プロデューサー>楠智晴
<ラインプロデューサー>尾関玄
<音楽プロデューサー>佐藤順
<撮影>相馬大輔
<照明>佐藤浩太
<美術>太田仁
<装飾>湯澤幸夫
<録音>藤本賢一
<特機>奥田悟
<衣装>宮本茉莉、江頭三絵
<スタイリスト>渡辺彩乃
<ヘアメイク>田中マリ子、須田理恵
<特殊メイク>宗理起也
<小道具>鶴岡久美
<音響効果>岡瀬晶彦
<VFXスーパーバイザー>立石勝
<編集>阿部亙英
<音楽>小林洋平
<助監督>谷口正行
<スクリプター>森直子
<スタントコーディネーター>田渕景也
<トランスジェンダー監修>若林佑真
<LGBTQ+インクルーシブディレクター>ミヤタ
<インティマシーコーディネーター>浅田智穂
<キャスティング>杉野剛
<制作担当>
酒井識人
<原作>町田そのこ「52ヘルツのクジラたち」(中央公論新社) https://www.chuko.co.jp/tanko/2020/04/005298.html
<主題歌>Saucy Dog「この長い旅の中で」 https://saucydog.jp/
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52ヘルツのクジラたち【特典付き】 (中公文庫)

52ヘルツのクジラたち【特典付き】 (中公文庫)

  • 作者: 町田そのこ
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2023/05/25
  • メディア: Kindle版






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