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【映画レビュー】「ワース 命の値段」(原題「Worth」/2020 アメリカ) [映画]

【映画レビュー】「ワース 命の値段」(原題「Worth」/2020 アメリカ)
 2001年9月11日のアメリカ同時多発テロの犠牲者や負傷者の約7000人にも上ったその補償金を分配する事業を担当したケン・ファインバーグの回想録「What Is Life Worth?」を基に映画化した本作。
 未曽有のテロに世界中の人々に動揺が広がる中、米国政府は事件の被害者遺族に多額の補償金を分配することを決定する。
 その特別管理人を託された弁護士で、かつコロンビア大学にて法律学を教えていたケン・ファインバーグ(マイケル・キートン)は、「人の命をどう換算するのか?」という問題に直面する。独自の計算式により、ケンは被害者それぞれの補償金額を算出する方針を打ち出し、補償分配金をはじき出すが、被害者遺族の猛反発に遭い、交渉は難航する。ファインバーグをはじめとする弁護団は、遺族の実情に即した軌道修正を迫られる。
 被害者遺族が抱えるさまざまな事情と、彼らの喪失感や悲しみに接する中で、弁護団は多くの矛盾にぶち当たる。補償対象者約7000人の8割の賛同を得る目標に向けた作業が停滞する一方、犠牲者救済のための補償基金プログラム反対派の活動が活発化していく。2003年12月22日の最終期限が迫る中、ケンたは苦境に立たされる。
 対象者との初の説明会に臨んだケンだが、その事務的な態度に不満の声が続出し、「娘の命も金持ちの命も同じなのだから、全員同じ額にしろ」などと怒号が飛び交う事態になる。そこへ、遅れて参加したチャールズ・ウルフ(スタンリー・トゥッチ)が、参加者をなだめてその場を収める。
 ファインバーグに、松葉づえをついたフランク・ドナート(ローラ・ベナンティ)という男が近付く。彼には消防士をしていたニックという弟がいて、事件当日に貿易センタービル内にいた自分を救助しようとして、命を落としていた。
 ドナートは、飛行機が突っ込んだ後にビルが崩壊する危険があるという警告が発せられたが、ニックがビル内に救助に入っていったとして、コミュニケーションの不備を指摘し、プログラムの再調査をすべきだと主張するが、ケンは聞く耳を持たずに、部下のカミール・バイロス(エイミー・ライアン)に応対を任せてしまう。
 エイミー・ライアン賛同者も20%に満たないまま、ケンを非難するブログが立ち上がる。その中心人物は、チャールズ・ウルフだった。
 説明会用に作った資料のミスを指摘したウルフに一目置いていたプリヤ・クンディ(シュノリ・ラマナタン)は、ファインバーグに彼と話し合うよう勧めるが、基金を成立させることを急ぐケンは、その提案を「拒否する。
 一方、プリヤらスタッフと共に対象者たちとの聞き込みを始めたカミールは、そこでグラハム・モリスという男性と出会う。友人男性をテロで失ったというその男は、彼とは同性愛のパートナー関係にあったと告白する。
 カミールは、補償金は規則として彼の両親に与えられることになっており、彼らは息子が同性愛者と認めておらず、さらにグラハムが住むバージニア州の法律では、同性愛者は対象外になっていると知る。
 チャールズとの話し合いをすべきというプリヤの再度の提言を受け、ケンは事務所に彼を招く。チャールズは「人間誰もが同じ価値だ」と主張し、ケンを非難する。
 プログラム申請の最終期限が刻一刻と迫っていたある休日、愛犬を連れて散歩していたケンに電話が入る。声の主はニックと不倫関係にあったという女性の弁護を請け負う人物からだった。
 その弁護士によると、ニックはその女性との間に2人の娘をもうけており、その子たちも補償金を受け取る権利があると主張。しかしそれには本妻であるカレン・ドナート(ローラ・ベナンティ)の承諾が必要なため、ケンにその説得を依頼した。
 後日、カレンの家を訪ねたケンだったが、そこに居合わせたフランクに追い返される。その態度から、ケンは彼が全てを把握していると直感する。
 ある夜、リンカーンセンターにオペラを観に行ったケンは、そこでウルフと再会する。互いの妻がアマチュアのオペラ歌手という共通点があることを知る。
 ウルフは、今は亡き妻が失敗しても耐え忍ぶようにと励ましてくれた経験を語りつつ、対象者一人ひとりと向き合い、彼らの声を聞くべきだと改めて訴える
 上演後、帰宅せず事務所に向かったケンは、対象者リストを夜通しでチェックする。翌朝、出社してきたカミールたちに、できる限り対象者と直接会って話を聞こうと提案する。
 対象者が補償を受けられる条件の範囲をもっと広く出来るよう動き出したケンたち。やがて彼のオフィスは、対象者たちから貰った形見などで埋め尽くされる。
 そんな中、再びカレンの家を訪ねたケンは、ニックの隠し子について伝えようとするが、フランクに拒まれる。
 賛同者たちの数は、ようやく順調に増えていくが、目標の8割には程遠く、ケンたちは落胆する。
 高所得者による集団訴訟を目論む弁護士のリー・クイン(テイト・ドノバン)からプログラム法案不成立を認めるサインを求められたケンは昔、自分がリーに足してアドバイスした言葉を、彼が自慢げに語り出したことに腹を立て、サインを拒否する。
 事務所に戻ったケンは、そこで大勢の対象者が訪れている光景に出くわす。ケンたちの努力を認めたウルフがブログで「ケン・ファインバーグは信頼に値する」と書き込んだのを機に、プログラムに賛同する者が続出したのだ。
 そして、目標の8割を超える、95%もの賛同者を得ることに成功する。
 その一方で、カミールはグラハムに留守電メッセージを残す。それは、グラハムの訴えによりニューヨークでは同性愛者のパートナーにも補償金が支払われることになったものの、ヴァージニアでは州法によりそれは適用されないというもの
 また、ケンを訪ねたカレンは夫の不倫に最初から気づいていたと明かし、不倫相手との間に生まれた娘たちにも補償金が行くようにと、サインした書類を手渡す。
 被害者補償基金プログラムは2003年まで運営され、最終的に計5560人に70億ドル超が支払われた。その後、2011年と19年に再開および延長が決定し、未だに健康や精神的な被害に苦しむ人々の救済を続けている。
 同時多発テロの犠牲となった被害者と遺族を救済するために政府が立ち上げた補償基金プログラム。これはテロ発生間もない9月22日に、「航空運輸安全およびシステム安定化法案」として当時のブッシュ大統領の署名のもと作成された。このプログラムは、表向きでは遺族や負傷者への救済だが、真の目的は企業の救済だったともいわれている。
 アメリカはちょっとしたでもす裁判沙汰になる訴訟大国だ。これを同時多発テロに当てはめると、被害者が訴えるべきはアルカイダなのだが、それは無理筋な話だ。となれば実行犯が乗っていた航空会社や、空港やセキュリティ会社、あるいは世界貿易センターそのものを訴える者も出てきても不思議ではない。
 仮に、被害者やその遺族が、こうした企業を訴えて勝訴し、多額の補償金を手にするようなことになれば、それこそアルカイダの思うツボである。
 そこで公的に補償金を支払う代わりに、提訴する権利を放棄させるのだが、犠牲者といっても境遇はさまざまだ。体をを張って命を落とした消防士や警官、アルバイトで生計を立てていた人もいれば、金持ちの企業家や株式トレーダーもいる。
 一律同額支給ではなく、年収や扶養家族の有無から金額を算出していくというこのプログラムが正しかったのか否かは、現在でも議論の的となっている。
 その影響で、2013年のボストンマラソンでの爆破テロや2017年のニューヨークで起こったトラック突入テロの死傷者に補償金が支払われていないことからも、プログラムの難しさが垣間見える。
 テロ被害者に支払う補償金額を決める責任者となったケン・ファインバーグ。人間に“値段”をつけるという汚れ役を無報酬で引き受けた点で、彼は賞賛されるべき人物に見える。
 しかし彼は、元連邦検事にして1980年代の枯葉剤訴訟で自身が調停者となって和解を成立させるなどの輝かしい実績と経験に任せた算出法を推し進めて、対象者の個々の声に耳を傾けようとしない。そればかりか、メモ取りも出来なければ家族と夕食する際の伝達も秘書に任せるなど、自分では何もせず、何も出来ない人物であることが明らかになっていく。
 しかし、反対派のリーダーであるチャールズの訴えや、部下のカミールやプリヤの助言により変わっていく。年をとっても、さまざまな問題と向き合うことで成長するということを示したシナリオだ。
 本作では、強欲な弁護士のリー・クインの行動を黙って見るしかない司法長官や、当時のブッシュ大統領といった共和党の遠回しに揶揄している。
 このテロ以降、意味のない戦争に突き進んだブッシュ大統領を中心とする政府の対応が非難の嵐を浴びたことは当然なのかもしれないが、本作の配給権をいち早く取得したのが、次期大統領のオバマ夫妻が設立した製作会社「ハイヤー・グラウンド・プロダクションズ」だったことからは、政治的な醜い駆け引きが見て取れる。
 補償基金プログラムの管理人を無報酬で引き受けた理由について、本人は「愛国心から」だとし、「プログラム事業を難しくしたのは、同時多発テロから数日しか経っておらず、悲しみも癒えていない人たちに向き合わなくてはならないことだった」と述懐している。
 事実に基づいたストーリーであるため、派手さには欠ける本作。しかしながら、被害者側の証言を丹念に取り上げて、彼らの癒えぬ喪失感に手を差し伸べようとする製作側の意図は、原作者のケン・ファインバーグの思いと相通じるものを感じる。
 同時多発テロの10年後、日本においても同じようなことが起きた。東日本大震災による原発事故だ。
 家族とふるさとを同時に失い、地縁もなく、知り合いもいない土地への移住を余儀なくされた人々に対し、東電からの補償金で新築マンションに住み、外車を乗り回すなどといったフェイクニュースが流され、結果、肩身の狭い思いをしながら生きていくこと余儀なくされたケースも多いと聞く。結局のところ、被害者の気持ちは被害者にしか分からないのだ。
 人間の命に値段などつけられるのかと問われたら、否定する人は多いかもしれないが、どんな人間であれ、保険金などと同様に、何かしらの形で値段がつけられている。そこから逃れることは出来ないのだ。本作は、その不都合な真実を鑑賞者に突きつけたといっていいだろう。
<評価>★★★★☆
<公式サイト>https://longride.jp/worth/
<公式X>https://twitter.com/worth_movie
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<監督>サラ・コランジェロ
<脚本>マックス・ボレンスタイン
<製作>マーク・バタン、アンソニー・カタガス、マイケル・シュガー、バード・ドロス、ショーン・ソーレンセン、マックス・ボレンスタイン
<製作総指揮>ニック・バウアー、ディーパック・ネイヤー、アラ・ケシシアン、アレン・リウ、キンバリー・フォックス、チャールズ・ミラー、エドワード・フィー
<撮影>ペペ・アビラ・デル・ピノ
<美術>トンマーゾ・オルティーノ
<衣装>ミレン・ゴードン=クロージャー
<編集>ジュリア・ブロッシュ
<音楽>ニコ・マーリー
<音楽監修>ルパート・ホリアー
<原作>ケネス・ファインバーグ「What Is Life Worth?」(PublicAffairs,U.S.) 
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