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【映画レビュー】「ビニールハウス」(原題「비닐하우스」/英題「Greenhouse」/2022 韓国) [映画]

【映画レビュー】「ビニールハウス」(原題「비닐하우스」/英題「Greenhouse」/2022 韓国)
 本作を語る前に触れておきたいのは、そのティザービジュアル。その謳い文句は「半地下はまだマシ」という刺激的で挑発的な言葉だ。
 監督・脚本・編集を担当したのは、本作が長編監督デビューとなる29歳のイ・ソルヒ。韓国映画アカデミーで学び、『パラサイト 半地下の家族』(2019)で、韓国史上初、パルムドールとオスカーを手にしたポン・ジュノの後輩にあたる。
 ソルヒ自身、認知症の祖母と、その世話をする母の日常から着想を得てオリジナルの脚本を執筆したというだけに、貧困や孤独、高齢者をめぐる介護や認知症といった問題を、リアリティーたっぷりに描き、韓国社会の負の部分に鋭く切り込んでいる。
 新人監督としては異例の第27回釜山国際映画祭で3冠を獲得し、第59回大鐘賞映画祭・第44回青龍映画賞の新人監督賞にノミネートされるなど、鮮烈な長編映画監督デビューを飾った。
 物語は広大な農場にポツンと建つ真っ黒なビニールハウスのアップから始まる。農場といっても農産物が育てられている様子はない。どうやら休耕地のようだ。だとすれば、このビニールハウスはかつて、栽培された作物の集積場だったのだろうか。
 そこに潜り込むようにして暮らしているムンジョン(キム・ソヒョン)。
 ビニールハウスに暮らすムンジョンは、家を借りるお金もなく、少年院にいる息子と再び新居で暮らすことを夢見ながら、盲目の老人テガン(ヤン・ジェソン)と、その妻で重度の認知症を患うファオク(シン・ヨンスク)の訪問介護士兼家政婦として働いている。ファオクは認知症のせいか、ムンジョンを異常なまでに敵視し、入浴介護の際にも全く言うことを聞かず、ムンジョンの顔に唾を吐き掛ける始末だ。
 かたやテガンは、目が見えないにもかかわらず、その状況を知っているかのようで、ムンジョンを気に掛ける言葉をかける優しい主人だ。
 しかしある日、ファオクが風呂で暴れ出し、ムンジョンと揉み合った末、床に後頭部を強打し死んでしまう。
 気が動転しながらも、救急車を呼ぶべく携帯電話を手にするが、その瞬間、着信が来る。その相手は愛する息子からだった。
 ムンジョンは悩んだ末に、同じく認知症で入院中の自身の母親・チュンファ(ウォン・ミウォン)を退院させ連れ出し、ファオクの身代わりとする。ファオクの遺体は毛布にくるんだ上で、テガンの車で運び、ビニールハウスに隠す。
 不可抗力によって起きた事故とはいえ、人を殺めてしまったムンジョンだったが、その出来事を“なかったこと”とし、息子と一緒に暮らす未来を守ることを優先させる。このことが、ムンジョンを地獄へと導くことになる。
 一方でムンジョンは、自らの顔や体を殴りつけてしまう自傷行為に悩まされていた。無料のグループセラピーに通っており、そこでDVに悩まされているスンナム(アン・ソヨ)という思春期の少女と出会う。
 スンナムの置かれた状況に同情し、ビニールハウスで過ごすことを許すムンジョンだったが、ムンジョンが外出中にこっそりと入り、誕生日を祝おうとサプライズでケーキを用意していたスンナムに驚かせられ、思わず叱ってしまう。当然ながら「死体があるから」という理由を話せるわけはなく、スンナムは出て行ってしまう。
 一方でテガンは、医師の旧友から、初期の認知症と告げられていた。テガンは記憶が消えないうちに思い出を作ろうと、旧交を温めたり、盲目になる前まで運転していた車を、大きな駐車場で、助手席に座ったムンジョンのナビゲーションで運転する。
 そのテガンも、すり替えられた妻について次第に違和感を抱く。チュンファの顔に触れたテガンは、その人物がファオクではないと確信するのだが、ムンジョンを問い詰めたりはしない。ムンジョンはすんでのところで、犯行が発覚することから逃れる。テガンは、本作で唯一といっていい常識人で、それ故にムンジョンから騙され続けることになる。
 場面は変わって、ムンジョンは息子と住むことになる新居の床を掃除していた。
 同じ頃、ムンジョンの息子は、予定よりも早く、少年院を出所し、同じく出所した仲間と、ムンジョンの住み家だったビニールハウスに侵入する。テーブルとソファーが残されていたため、酒盛りを始めようとするが、ある人物が入ってきたことで奥に隠れる。
 その人物とはムンジョンだった。引っ越しの最後の後片付けかと思いきや、そうではなかった。彼女は信じられない行動に出て、過去に犯した過ちと同時に、未来をも失うことになるのだった。
 あまりにも衝撃的で救いのないエンディングに、しばし、絶望感に襲われ呆然となる。
 サスペンスというより、ここまで来たらもはや“ホラー”にも感じられる本作。「半地下はまだマシ」というキャッチコピーに嘘はなかった。
 実際、韓国では、家を失った貧困層がビニールハウスに住まいを求める例が増加し、社会問題となっているという。それこそ、「半地下」にすら住めない層が生まれてきているのだ。
 これを“海の向こうの話”として受け止めるがどうかは、鑑賞者の感じ方次第だろう。
しかし、OECD(経済協力開発機構)の調べによると、韓国の貧困率15.3%(2021)に対し、日本の貧困率は15.7%(2018)。格差社会の象徴のような米国ですら15.1%(2022)だ。しかも、韓国はその数字に改善傾向がみられるのに対し、日本では、統計すら取られていない。その数字や取り扱い方から、我が国が先進国の中で“最貧国”であることを示しているとはいえないだろうか。日経平均株価が史上初の4万円超えを記録しても、その不都合な真実に変わりはないのだ。
 監督・脚本を務めたソルヒが、自身の体験をベースに韓国が抱える根深い問題について作品を通じて明らかにした意義は大きい。だからこそ、この終始暗いストーリーを演じ切ったキム・ソヒョンを始めとするキャスト陣ともども、数々の賞に輝いたのだろう。
 ただ、本作を観賞して感じたのは、「これは韓国だけの問題ではない」ということだ。形は違えども、日本の中にある暗部も映し出しているようにも思えるのだ。
 登場人物のほとんどが薄気味悪く、ストーリーもどうしようもないバッドエンドで終わる本作に対して、嫌悪感を覚える向きもあるだろう。そういう意味では見る人を選ぶ作品かもしれない。しかしながら、これでもかとばかりに、絶望的な現実を見せ付けられる本作を通じて、1人でも多く、様々な社会問題に関心を持つ人が増えれば、今よりも少し幸せな未来が待っているはず。ソルヒも、そんな思いを乗せて、本作を作り上げたと信じる。
<評価>★★★★★
<公式サイト>https://mimosafilms.com/vinylhouse/#
<公式X>https://twitter.com/vinylhousefilm
<映画配給会社ミモザフィルムズ公式Instagram>https://www.instagram.com/mimosafilms/
<映画配給会社ミモザフィルムズ公式TikTok>https://www.tiktok.com/@mimosafilms
<監督・脚本・編集>イ・ソルヒ
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  • 出版社/メーカー: キネマ旬報社
  • 発売日: 2015/12/28
  • メディア: ムック






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