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【映画レビュー】「ロストケア」(2023 日本) [映画]

【映画レビュー】「ロストケア」(2023 日本)
 2013年発行の第16回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した葉真中顕の小説「ロスト・ケア」を原作に、前田哲監督のメガホンと、松山ケンイチと長澤まさみのダブル主演で、連続殺人犯として逮捕された介護士と検事の対峙を描いた社会派サスペンス作品。
 訪問介護会社の「ケアセンター八賀」の職員、斯波宗典(松山ケンイチ)と猪口真理子(峯村リエ)、そして新人の足立由紀(加藤菜津)は預かっている鍵を使って利用者の自宅へと入っていく。
 認知症の家主・梅田の世話をしていると、別に暮らしている娘の美絵(戸田菜穂)が慌ててやってくる。3人の子どもを育てながら夜は夫の焼き鳥屋を手伝い、昼は父親の介護をしている彼女の心身はもう限界だ。
 梅田家を出ると利用者の老人が徘徊しているのを見かけ、斯波は家へと送る。そんな斯波を足立は尊敬していた。センター長の代わりに利用者の通夜に向かう斯波に猪口と足立もついていき、亡くなった母と同居していた羽村洋子(坂井真紀)は離婚後、独りで幼い娘を育てながら介護をしていた。そんな彼女を斯波は労う。
 一方、検事の大友秀美(長澤まさみ)は、高級老人ホームに自ら入居した母を1か月ぶりに訪問する。「そんな頻繁に来なくていいのに」と言う母とは会話がかみ合わない。
 翌朝、実家にやってきた美絵はケアセンター八賀のセンター長、団の死体を発見する。さらに父も亡くなっていた。借金があった団は、利用者の自宅の合鍵を大量に持っており窃盗目的で梅田家に侵入、階段から足を滑らせて落下し死亡したという線で県警の捜査が始まる。
 しかし、捜査を始めた検事の大友は防犯カメラの映像から、アリバイがあると言っていた斯波が現場にやってきていたことを知り、取り調べを始める。
 斯波は利用者が心配で現場に行き、団と鉢合わせになってもみ合いになり転落死させてしまったと正当防衛を主張する。一度に2人も職員が抜けたら業務が回らなくなる、介護士は足りてないと斯波は主張する。
 家宅捜索で訪れた斯波の殺風景な部屋には3年に及ぶ介護ノートがあった。検察事務官の椎名幸太(鈴鹿央士)は、ケアセンター八賀での利用者の死亡件数が平均よりも圧倒的に多いことに気付き、大友は斯波の介護ノートを調べ始める。
 すると、死亡した利用者たちの死亡推定時刻が斯波の休日に集中していることを突き止める。上司の柊(岩谷健司)に大量殺人での立件を目指すことを報告した大友は、県警の沢登保志(梶原善)から証拠となる盗聴器を受け取り、被害者と思われる41人の写真を並べて斯波を尋問する。
 斯波はあっさり、殺人を認め、その理由を介護している家族が限界で救いの手が必要だったからと答える。盗聴器を仕掛けて家の中の様子を把握し、被害者が確実に1人の時間を狙って殺害していたと供述する斯波。梅田の家で彼を毒殺した斯波は、鍵を開けて入ってきた何者かがそのまま2階に上がったのでその様子を伺う。
 センター長の団が盗みをはたらいているのを目撃した斯波は彼を問い詰めるが反撃され、もみ合っているうちに団が階段から落下し死んだと主張する。
 ケアセンター八賀では、斯波が犯人だったことに動揺した足立が錯乱してしまう。猪口は彼女をなぐさめながら、おそらくやめてしまうだろうと感じていた。
 大友は、42人を殺したという斯波の言葉について考える。偶発的な事故死だった団を含めないとすると、あと1人は誰か?その手がかりをつかむために、斯波の介護士になる前の経歴を調べると、前職の印刷会社を辞めてから、斯波には3年4か月の空白期間があった。
 その間、彼は脳梗塞の後遺症で独りでは生活できなくなった父と同居し介護をしてい。アルバイトをしていたものの認知症が悪化し、独りで過ごさせることが困難になり、瞬く間に生活は困窮していく。「生活保護さえ受けられない、この社会には穴がある。この穴に落ちたらなかなか抜けられずおかしくなってくる」と斯波は淡々と語る。
 介護から逃げたくて殺した身勝手な殺人だと責める大友に対し斯波は、「検事さん。あなたは安全地帯にいる」と言い放つ。正気に戻った斯波の父は自分が認知症であることを自覚し、自分も息子も苦しんでいる現状を悲観し、自分を殺してほしいと、息子である斯波に頼むのだった。
 その後、入手した注射器にタバコから抽出したニコチンを入れて父に注射して殺害すると、斯波は警察を呼ぶ。その場で検死が行われたが、結果は心不全。斯波はこの犯罪がバレなかったことが、後の大量殺人のきっかけになったと語る。
 介護士として働き始めた斯波は、かつての自分たちのように介護に疲弊している家族をたくさん目の当たりにする。そして自分が救ってほしかったように、彼らを救うべく密かに殺人を続けてきた。
 それでも勝手に人の大切な家族を殺すのは犯罪だと、正論を吐く大友。しかし彼女も、音信普通になっていた父親が孤独死したアパートを訪れたばかりで、斯波の主張が正しいのではないかという考えが浮かぶ。そんな彼女に斯波は「殺人はよくないというあなたも私を死刑にして殺そうとしている」とつげ、大友は自分の信念が揺らいでいるのを感じる。
 大友と椎名は被害者の遺族にも話を聞く。美絵は斯波の極刑を望むが、母親を殺された羽村洋子(坂井真紀)は、自分も母も彼に救われたと語る。
 一方、ケアセンター八賀では猪口が団と斯波、そして足立のネームプレートを外す。介護士をやめた足立は風俗嬢となり、斯波のニュースにも耳に入らないようにする。
 洋子は以前からよく世話を焼いてくれていた春山登(やす)という男性と再婚する。辛い介護を経験した彼女にまた同じことをさせてしまうと躊躇する春山に対し、誰にも迷惑を掛けないで生きられる人なんていない、自分も迷惑掛けると思うと、笑顔で語り掛ける。
 日本中の注目を集める斯波の裁判で彼は、家族の絆は呪いでもある、自分のしたことは喪失の介護“ロストケア”だと言う。犯した罪は認め、極刑にも甘んじて受けるつもりの斯波だったが、自分のしたことは間違っていないと主張する。傍聴席からは美絵が「お父ちゃんを返せ!人殺し!」と叫んで退場させられる。
 老人ホームで母を見舞った大友は、既に会話が成り立たない母の姿に寂しさをおぼえ、その膝の上に顔をうずめる。母は頭をなでながら「よしよし」と何度も言い、大友は「お母さん!」と涙を流す。
 大友は結審した後、斯波との面会に望む。そして斯波に自らの親のことを話す。大友は斯波を死刑台に送りつつ、その考えを完全に否定できない自分を認めていた。そんな彼女に斯波は、父親を殺したときのことを話し始める。
 認知症になっても人間としての尊厳はある。だから苦しんでいる父を解放してあげなければいけないと斯波は殺害を決意する。しかし、いざ決行しようとすると、父は目の前の息子が誰か分かっていない状態。そして少し苦しんだ後、父は絶命する。部屋には不自由な手で折ったと思われる鶴が残されていた。それを開くと中にはつたない文字で、お前が息子で幸せだったと感謝の言葉がつづられており、それを読んだ斯波は泣き崩れたのだった。
 人は人を殺してはいけない。それが例え、痴呆症などで“廃人”寸前の人物であってもだ。
 しかし一方で、司法は「死刑」という手法で人を殺すことができる。その矛盾と不条理を余すところなく描いている。
 松山ケンイチ演じる斯波の正義と、長澤まさみ演じる大友の「正義」が真っ向からぶつかり、現代の日本社会が抱える深刻な問題に切り込んでいく。
 斯波の主張によって、法律上の正論を吐き続ける検事の大友の心が揺らぎ、しまいには怒鳴りつけてしまう様が、斯波の考え方の正当性を証明している。そして、冒頭に描かれた、大友の父の孤独死のシーンが、それを補完している。大友とて、私生活では父を見捨て、介護という“汚れ仕事”から逃れ、斯波が言う“安全な場所”にしがみ付いていたのだ。
 高齢化社会や、社会的弱者に冷たい行政の在り方に一石を投じる作品であり、脚本もキャスト陣の演技も画作りも完璧で、これでもかと言わんばかりに、不都合な真実を突きつけてくる。
 本作はたかが1本の映画かも知れない。しかし、斯波という存在を通じて、誰しもが逃れることができない問題を提示している秀作だ。
<評価>★★★★★
<公式サイト>https://lost-care.com/
<公式X>https://twitter.com/lostcare_movie
<監督>前田哲
<脚本>龍居由佳里、前田哲
<製作>鳥羽乾二郎、太田和宏、與田尚志、池田篤郎、武田真士男
<エグゼクティブプロデューサー>福家康孝、新井勝晴
<プロデューサー>有重陽一
<ラインプロデューサー>鈴木嘉弘
<アソシエイトプロデューサー>松岡周作、渡久地翔
<撮影>板倉陽子
<照明>緑川雅範
<録音>小清水建治
<美術>後藤レイコ
<衣装>荒木里江
<装飾>稲場裕輔
<ヘアメイク>本田真理子
<音響統括>白取貢
<音響効果>赤澤勇二
<編集>高橋幸一
<音楽>原摩利彦
<VFXスーパーバイザー>佐藤正晃
<助監督>土岐洋介
<キャスティング>山下葉子
<制作担当>村上俊輔、松村隆司
<原作>葉真中顕「ロスト・ケア」(光文社) https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334928742
<主題歌>森山直太朗「さもありなん」(UNIVERSAL MUSIC JAPAN) https://www.universal-music.co.jp/moriyama-naotaro/products/um1as-01285/
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  • 出版社/メーカー: TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)
  • 発売日: 2023/08/02
  • メディア: Blu-ray






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